将来において回復をすることが見込まれない障害のことを後遺障害といいます。交通事故によってお怪我をされた場合、残念ながら事故前の状態に戻らず、後遺障害が残る方がおられます。その場合、後遺障害に基づく賠償がされるためには、自賠責損害調査事務所に対して後遺障害等級認定の申請をし、後遺障害等級を認定される必要があります。
自賠責損害調査事務所に対して後遺障害等級認定を申請する方法として、被害者請求と呼ばれる方法と加害者請求(事前認定手続)と呼ばれる方法があります。
被害者請求というのは、受傷者が、自賠責損害調査事務所に対して、直接、後遺障害等級認定の申請を行う方法です。
加害者請求というのは、交通事故の相手方が加入する任意保険会社を通じて、自賠責損害調査事務所に対して後遺障害等級認定の申請を行う方法です。
いわば、被害者請求は被害者自らで行う手続であり、加害者請求は相手方が加入する任意保険会社が行う手続です。
後遺障害等級認定を申請する手続きとしては、被害者請求と加害者請求の方法があるところ、どちらの方法を採るかについてはどのように判断すべきなのでしょうか。
被害者請求する場合の手間や費用等を考慮すると、相手方を信頼することができないという感情的な理由のみによって敢えて被害者請求をすべきでなく、加害者請求をすべき場合があります。
他方、訴訟をする場合で過失に大きな争いがある場合、相手方が任意保険に加入していない場合、相手方が賠償対応を否認している場合は、被害者請求をすべきといえます。
事案に応じて加害者請求をすべき場合や被害者請求をすべき場合があるにも拘らず、実際には相応しい方法の選択がされていないケースが見られます。
事故によって受傷された方が、事故後の相手方(加害者)側の言動に対して不信感を抱かれることがあります。また、後遺障害に該当するか否かを認定する重要な手続を相手方に任せることに対する不安をお持ちになっていることもあります。このような不信感や不安等の感情的な理由を原因として、感情的な理由のみによって、依頼者の方から敢えて被害者請求することを求められるケースがあります。
しかしながら、被害者請求をする方が、加害者請求をするよりも有利な認定がされるわけではありません。被害者請求をすることは、相手方の手間や金銭的負担が軽減する一方で、当方側の手間や金銭的負担を増加させることとなります。そのため、相手方を信頼することができないという感情的な理由のみによって、敢えて被害者請求をすべきではありません。
被害者請求をする方が、加害者請求をするよりも被害者にとって有利な認定がされるのではないか、という質問をされることがあります。
この点、以下で述べるとおり、被害者請求をする方が、加害者請求をするよりも被害者にとって有利な認定がされるわけではありません。
被害者請求をする場合、自賠責損害調査事務所という第三者機関が後遺障害について認定します。
他方、被害者請求をする場合も、自賠責損害調査事務所が後遺障害について認定します。
被害者請求をする場合も加害者請求をする場合も、同一の第三者機関である自賠責損害調査事務所が認定することとなります。
前述のとおり、後遺障害等級認定をする際、自賠責損害調査事務所は、受傷内容や治療内容を確認するために、診断書、レントゲン、MRI等の画像を確認することとなり、後遺障害等級認定を申請した側に対して、上記資料を提出するよう求めます。
自賠責損害調査事務所は、どのような資料を求めるかについて、後遺障害診断書等の申請資料を見て判断します。いわば、受傷内容、申請内容に応じて上記資料を求めるのであり、被害者請求をしたのか、加害者請求をしたのかという違いによって、求める資料が異なるものではありません。
被害者請求をする場合も加害者請求をする場合も、自賠責損害調査事務所が必要とする資料は同じなのです。
以上のとおり、被害者請求をする場合も加害者請求をする場合も、同一の第三者機関である自賠責損害調査事務所が後遺障害について認定します。
また、被害者請求をする場合も加害者請求をする場合も、認定する際に自賠責損害調査事務所が必要とする資料は同じ資料であり、いわば、同一の資料に基づいて認定することとなります。
同一の機関が同一の資料に基づいて認定するため、被害者請求をする方が、加害者請求をするよりも被害者にとって有利な認定がされるわけではありません。
被害者請求をする場合、加害者請求をする場合に比べて、受傷内容、治療内容等に関する医療機関からの資料取付に伴う相手方の手間や経済的負担が軽減することとなります。
後遺障害等級認定をする際、自賠責損害調査事務所は、受傷内容や治療内容を確認するために、診断書、レントゲン、MRI等の画像を確認することとなり、後遺障害等級認定を申請した側に対して、上記資料を提出するよう求めます。そこで、上記資料を医療機関から取得する必要が生じます。上記資料を取得する場合、医療機関に訪れないと取得できない医療機関もあり、取得するためには多大な手間を要します。
加害者請求をする場合、相手方の任意保険会社が医療機関から上記資料を取得することとなり、上記資料を取得するための手間は相手方任意保険会社が負担することとなります。
また、医療機関から資料を取得する際には、診断書料、謄写代等の費用を要することとなります。加害者請求をする場合、相手方の任意保険会社が医療機関から上記資料を取得することとなり、上記資料を取得するための費用は相手方任意保険会社が立替することとなります。
他方、被害者請求をする場合、被害者(受傷者)側が医療機関から上記資料を取得することとなり、上記資料を取得するための手間は被害者(受傷者)側で負担することとなります。
また、上記資料を取得するための費用は被害者(受傷者)側で立替することとなります。
このように、被害者請求をする場合、加害者請求をする場合に比べて、相手方の手間や経済的負担が軽減することになります。相手方に対する不信感や不安感等という感情的な理由のみによって、敢えて被害者請求をすると、相手方の負担を小さくし、その小さくなった負担を当方側で負うこととなってしまうのです。このような結果を被害者の方は望まれていないと思います。
以上のとおり、被害者請求をする方が、加害者請求をするよりも被害者にとって有利な認定がされるわけではありません。また、相手方を信頼することができないという感情的な理由により敢えて被害者請求を行うと、却って相手方の手間や経済的負担を軽減することとなります。
そのため、相手方を信頼することができないという感情的な理由のみによって、敢えて被害者請求をすべきではありません。
相手方を信頼することができないという感情的な理由のみの場合は、敢えて被害者請求をすべきではなく加害者請求をすべきといえます。他方、訴訟をする場合で過失に大きな争いがある場合、相手方が任意保険に加入していない場合、相手方が賠償対応を拒絶している場合は、被害者請求をすべきといえます。
後遺障害が認定された場合、認定された後遺障害に応じた損害額が賠償されます。そして、賠償される金額は、後遺障害に応じた損害額から当事者の過失割合分が減額された金額となります。
ここで、訴訟前において被害者請求をする場合、賠償される金額は、自賠責保険の基準に基づいて算定されます。自賠責保険の基準では、被害者側に7割以上の過失が認定されない限り過失割合分の減額がされません。
そのため、訴訟前に被害者請求をする場合、被害者側に7割以上の過失が認定されない限り過失減額されないこととなります。
他方、訴訟後に判決、訴訟上の和解等がなされた後に被害者請求をする場合、判決、訴訟上の和解等の金額に従った支払がされることとなります。ここで、判決、訴訟上の和解等の場合、被害者側の過失が7割未満であっても被害者側の過失割合に応じて過失減額されます。
そのため、訴訟後に被害者請求をする場合、被害者側の過失割合に応じて過失減額されることとなります。
前述のとおり、訴訟前に被害者請求をする場合、被害者側に7割以上の過失が認定されない限り過失減額されません。他方、訴訟後に被害者請求をする場合、被害者側の過失割合に応じて過失減額されます。そのため、訴訟後に被害者をする場合、訴訟前に被害者請求をする場合に比べて低額の支払となることがあります。
例えば、後遺障害等級14級が認定された事案において、以下のとおりの損害額、被害者側に6割の過失が認定されたとします。
訴訟前に被害者請求をする場合、被害者側には7割以上の過失が認定されていないため、過失減額されないこととなります。その結果、自賠責保険から当方に対して125万円が支払われることとなります。
他方、訴訟後に被害者請求をする場合、6割の過失減額がされるため、自賠責保険から当方に対して76万円が支払われることとなります。
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このように、訴訟後に被害者請求をする場合、訴訟前に被害者請求をする場合に比べて、自賠責保険からの支払額が低額となることがあります。
訴訟前に被害者請求をして自賠責保険の基準に基づく金額が支払われた場合において、その後、判決、訴訟上の和解等において上記支払額を下回る金額が認定されたとします。この場合、裁判所という第三者機関において両当事者が争った上で認定された金額が適正であり、被害者請求において支払われた金額と上記認定額との差額分を被害者から自賠責保険に対して返還すべきようにも思われます。
しかしながら、上記のような場合であっても、自賠責保険から被害者に対して差額分の返還請求がされていないのが実情です。そのため、被害者は、訴訟前に被害者請求によって支払われた金額をそのまま受け取ることができます。
他方、判決、訴訟上の和解等において自賠責保険の基準に基づく金額を下回る金額が認定された後に被害者請求をしたとしても、判決、訴訟上の和解等における認定額の支払いにとどまり、自賠責保険の基準に基づく金額は支払われません。
その結果、訴訟後に被害者請求をした場合、自賠責保険の基準に基づく金額と判決、訴訟上の和解等における認定額との差額分の支払いがされないこととなります。
そのため、訴訟をする場合で、過失に大きな争いがある場合は、先行して被害者請求をすべきといえます。
相手方が任意保険に加入していない場合、相手方の任意保険会社を通じて後遺障害等級の申請をすることができないため、加害者請求の手続を行うことができません。
そのため、相手方が任意保険会社に加入していない場合は、被害者請求をすべきといえます。
仮に相手方が任意保険に加入している場合であっても、相手方が賠償責任を否認することや当方の損害の発生自体を否認することにより賠償対応を拒絶する場合があります。このような場合、相手方は、加害者請求の手続を採りません。
そのため、相手方が賠償対応を拒絶している場合は、被害者請求をすべきといえます。
以上のとおり、後遺障害等級認定を申請する手続きとしては、被害者請求と加害者請求の方法があります。
被害者請求をする方が、加害者請求をするよりも有利な認定がされるわけではありません。被害者請求をすることは、相手方の手間や金銭的負担が軽減する一方で、当方側の手間や金銭的負担を増加させることとなります。そのため、相手方を信頼することができないという感情的な理由のみによって、敢えて被害者請求をすべきではなく、この場合は加害者請求をすべきといえます。
他方、訴訟をする場合で過失に大きな争いがある場合、相手方が任意保険に加入していない場合、相手方が賠償対応を拒絶している場合等は、被害者請求をすべきといえます。
事案に応じて加害者請求をすべき場合や被害者請求をすべき場合があるにも拘らず、実際には相応しい方法の選択がされていないケースがあります。そのため、後遺障害等級認定申請を検討されている際には、一度弁護士にご相談下さい。