配偶者の居住権を保護する方策

第1 改正の概要

被相続人が所有する建物に無償で居住する配偶者は、居住建物について相続人が死亡することによって、当然にその建物に居住することができる権利がないことになります。
当該建物に通常居住することを希望するであろう高齢の配偶者を保護する観点から、配偶者に居住権を付与することとしました。また、遺言等により配偶者に配偶者居住権を取得させることもできるようにしました。

第2 配偶者の居住権を短期的に保護するための方策

1 概要

相続開始時点で被相続人の所有する建物に無償で居住していた相続人の配偶者について、居住建物を一定期間使用することができる使用貸借類似の権利を付与するものです。

 

2 居住建物について、配偶者を含む共同相続人間で遺産分割をすべき場合

(1)権利の概要

相続開始時点で被相続人所有の建物に無償で居住していた相続人の配偶者に対して、居住建物について共同相続人間で遺産分割をすべき時は、相続開始から遺産分割により配偶者の居住建物の帰属が確定する日または相続開始の時から6ケ月を経過する日のいずれか遅い日まで、配偶者が居住建物に無償で居住する権利を認めたものです。
ただし、その建物について配偶者居住権を取得した場合、または欠格事由に該当しもしくは廃除により相続人でなくなった場合には、権利が発生しません。

(2)権利の内容

ア 配偶者の使用

配偶者は善管注意義務を負って使用する義務を負います。
短期居住権を第三者に譲渡することはできず、他の全ての相続人の承諾を得なければ、第三者に居住建物を使用させることができません。

イ 必要費および有益費の負担

配偶者が通常の必要費を負担します。
その他の費用については、民法196条に従って、相続人に対して償還します。ただし、有益費については、他の相続人の請求によりその償還について相当の期限を許可することができます。

 民法196条(占有者に寄る費用の償還請求)
1.占有者が占有物を返還する場合には、その物の保存のために支出した金額その他の必要費を回復者から償還させることができる。ただし、占有者が果実を取得したときは、通常の必要費は、占有者の負担に帰する。
2.占有者が占有物の改良のために支出した金額その他の有益費については、その価格の増加が現存する場合に限り、回復者の選択に従い、その支出した金額又は増加額を償還させることができる。ただし、悪意の占有者に対しては、裁判所は、回復者の請求により、その償還について相当の期限を許与することができる。

 

ウ 居住建物の修繕

配偶者が必要な修繕をすることができます。
修繕の必要があり、相当な期間内に配偶者が修繕をしない場合、他の相続人が修繕をすることができます。

(3)権利の消滅

原則:遺産分割により居住建物の帰属が確定する日または相続開始時から6ケ月を経過する日のいずれか遅い日まで。
例外:(2)アに違反した場合、他の相続人が通知します。
       配偶者が死亡または配偶者居住権を取得したとき。
       配偶者が居住建物を返還する際、相続開始後に居住建物に生じた損傷について、原状回復義務を負っています。

 

3 遺産分割をすべきでない場合

配偶者の居住建物について、配偶者を含む遺産分割が行われない場合でも、居住建物の所有者から配偶者短期居住権の消滅の申し入れを受けた日から6ケ月を経過する日までの間に限り、配偶者に無償で居住建物を使用することができる居住権が認められます。

第3 配偶者の居住権を長期的に保護するための方策

1 概要

配偶者の居住権を長期的に保護するために配偶者居住権を導入しました。
権利の内容として、居住建物の使用のみを認め収益や処分を含ませないことで、遺産分割の際、配偶者低額で居住権を確保することができます。
他方で、配偶者がかかる権利を取得した場合、配偶者がその財産的価値に相当する価格を相続したものとされます。
なお、遺言などによる別段の定めがなければ存続期間は終身とされます。

 

2 取得事由

(1)一般的な取得事由

配偶者は、被相続人の財産に属した建物に相続開始の時点に居住していた場合において、次のいずれかに該当するときは、その居住していた建物の全部について無償で使用および収益をする権利を取得します。
ただし、被相続人が相続開始時点において、居住建物を配偶者以外の者と共有していた場合には、この限りではありません。
   ①遺産分割によって配偶者居住権を取得したとき
   ②配偶者居住権が遺贈の目的とされたとき
   ④被相続人と配偶者の間に、配偶者に配偶者居住権を取得させる旨の死因贈与契約があるとき

(2)審判による取得事由

家庭裁判所は、以下の要件を満たす場合、遺産分割によって配偶者居住権を取得させることを内容とする審判をすることができます。
ただし、共有については、一般的な取得事由と同様です。
   ①共同相続人全員の合意が成立している場合
   ②配偶者が家庭裁判所に配偶者居住権の取得を希望する申し出があり、居住建物の所有者が受ける不利益の程度を考慮してもなお、配偶者の生活を維持するために配偶者居住権を取得させることが特に必要であると認められるとき

(3)配偶者居住権の効力

ア 用法遵守義務

配偶者は、善良な管理者の注意を持って、居住建物を使用および収 益する義務を負うことになります。

イ 必要費および有益費の負担

居住建物の通常の必要費は配偶者が負担し、それ以外の費用については、民法196条の規定に従い、その償還をすることになります。

ウ 譲渡等の制限

配偶者は、配偶者居住権を第三者に譲渡することができません。
居住建物の承諾を得なければ、当該建物を賃貸等によって第三者に 使用させることができません。

エ 第三者対抗要件と妨害停止請求

配偶者居住権は、登記をすることによって、居住建物について物件を取得した第三者に対抗することができます。当該建物の占有は、対抗要件として認められていないことになります。

オ 居住建物の修繕等

配偶者は、居住建物の使用・収益に必要な修繕をすることができます。
配偶者は、居住建物の修繕を要するときもしくは、居住建物について権利を主張する者があるときには、居住建物の所有者に対して、遅滞なくその旨を通知しなければならないとされています。

(4)権利の消滅

配偶者が死亡した場合には、存続期間が設定されている場合でも配偶者居住権が消滅します。
その他、配偶者が配偶者居住権の譲渡等の制限に関する義務に違反して第三者に当該建物を使用もしくは収益させていた場合で、居住建物の所有者が相当の期間を定めてその違反を是正するよう催告をし、その期間内に履行がされなかった場合、居住建物の所有者が通知をすることによって配偶者居住権を消滅させることができます。
居住建物が配偶者の財産に属することとなった場合でも、他の者が同建物について共有持分を有するときは、配偶者居住権は消滅しません。

 

第4 配偶者短期居住権と配偶者居住権の比較

第5 配偶者居住権を創設したことによって生じる問題

1 配偶者居住権の金銭的な評価について明確な基準がないこと

(1)問題の所在

配偶者居住権は、それ自体の売買や譲渡ができないものの、少なくとも当該建物に居住することができる権利という意味で財産的な価値を有しています。
そのため、遺産分割の際に配偶者居住権を含めた取得財産を算定する場合、配偶者が転居せざるを得なくなった場合の買取の際に配偶者居住権についてどのような金銭的な評価をするかについて、問題になります。
基本的な考え方として、長期居住権を設定した場合に建物所有者が得ることになる利益の現在価値を長期居住権月所有権の価額としたうえで、その価額を(何らの制約のない)建物所有県の価額から差し引いたものが長期居住権の価額とすることが考えられますが、要綱案で明確な基準が設けられていません(法制審議会民法(相続関係)部会第19回会議議事録で議論がされています。その他部会資料19-2「長期居住権の簡易な評価方法について」が具体的な計算式が議論されています。)。
明確な基準が設定されているわけではないため、その経済的な価値について遺産分割の際などに紛争が生じる可能性があります。

(2)法制審議会で検討されている基準

ア ライプニッツ係数を利用する方法

相続開始時における居住建物の財産的価値を固定資産評価税額として、定率法に準じた長期居住権の存続期間分の減価償却をすることで、存続期間満了の時点の建物価額を算定し、ライプニッツ係数を使って現在価値に引き直す方法が考えられます。

イ 敷地利用権割合を設定する方法

相続税や贈与税の評価の場合には、土地に付着している権利が賃貸借契約であるか使用貸借契約であるかによって評価の方法が異なるとされています。具体的には、使用貸借については、借りている側に特別な権利がないとされていることから、土地の所有者にとっての制約が小さいことから特段減額がされません。これに対して、賃貸借契約については、土地の所有者にとっての制約があることから、20%程度の減額がされています。
配偶者居住権は、使用貸借類似の権利であるが、登記をすることによって第三者に対抗することができるとされているので、単なる使用貸借の場合と異なり、所有者に負担があることから、その割合を敷地権割合として評価する方法も考えられます。この考えについては、部会で敷地利用権割合という基準を創設する方法も提案されているが、慎重な検討が必要になると指摘がされています。

 

2 配偶者が取得することができる相続財産が減るという問題点

配偶者居住権を算定するにあたって、現時点で明確な基準がないという問題点もあるが、その他にも配偶者居住権が一定程度以上の経済価値を持つことになる結果、遺産分割の際、配偶者が取得することができる相続財産が減ってしまうという問題点も考えられます。
今回の改正の趣旨は、高齢の配偶者を保護することにあるが、居住権の取得について、年齢の要件があるわけではないので、若年の配偶者にも居住権が等しく認められます。長期間居住することができるという権利はそうでない権利と比較すれば高い経済的な価値を有することになります。
配偶者居住権は、遺贈によって成立することもあり、被相続人が若年の配偶者に遺贈によって配偶者居住権を取得させた場合、当該建物に居住することを望まず、その他の相続財産の取得を希望する配偶者にとっては、その意向に反した結果となる可能性も否定できません。
他方で、配偶者短期居住権は、第三者対抗力がないものの、その後の遺産分割によって配偶者居住権となる可能性もあるため、どのような資産評価とするか、今後の動向を見極める必要があります。建物所有者が金融機関から建物を担保にして融資を受ける際、金融機関がどのように判断するのか不明であり、今後の運用が待たれるところです。

 

3 紛争が長期化する可能性がある

配偶者居住権は、遺贈による方法、死因贈与契約による方法、遺産分割、遺産分割調停のなかの家庭裁判所の審判によって成立することになります。
配偶者の生活を守るという意味で設けられた制度であるものの、配偶者が配偶者居住権を取得し、子が宅地の所有権を取得した場合には、配偶者が生存中建物の明渡を求めることができず、二次相続まで建物の処分をすることができなくなってしまいます。

 

例:相続人が配偶者と子1人の合計2人
相続財産が被相続人と配偶者が居住していた評価額3000万円の自宅、その他の金融資産が2000万円とします。今までの法定相続分どおりに考えると、それぞれ、2500万円ずつ相続することになります。
配偶者居住権が新設され、その評価が1000万円とすると、配偶者は1000万円の配偶者居住権とその他の金融資産1500万円を相続によって取得する。子は、自宅の所有権2000万円と金融資産500万円を相続によって取得することになります。
子は、配偶者の生存中は自宅からの退去を求めることができないため、一次相続によって得られるのは、500万円のみとなります。2000万円については、配偶者が死亡する二次相続まで棚上げになってしまいます。
子から配偶者に対して、配偶者居住権の買取請求をすることも考えられますが、その場合、子としては、一次相続によって得られた財産が500万円であるため、自己資金として500万円を用意する必要があります。そもそも、配偶者居住権の金銭的な評価が明確でないため、一次相続を巡って、買取請求の際の金銭的な評価を巡って紛争が生じる可能性もあります。

 

4 対抗要件が登記のみとされていること

その他のケースとして、被相続人が配偶者に配偶者居住権を取得させること、子に自宅の所有権を取得させる旨の遺言を残していた場合、配偶者居住権を第三者に対抗するためには、登記が必要となっています。すなわち、高齢の場合を想定している配偶者が自ら登記をしなければ、配偶者居住権を第三者に対抗することができず、自宅の所有権を取得した子が配偶者居住権を登記する前に第三者に自宅を譲渡した場合、配偶者は自宅の明渡を余儀なくされてしまう結果になってしまいます。

配偶者居住権を第三者に対抗するためには、登記を必要とするということは、配偶者にとって強力な権利を与えることができ、配偶者を保護することができる反面、相続人間に争いがあるような場合には、配偶者を保護することができなくなってしまうという可能性もあります。