民法改正と人事労務への影響

第1 今回の改正がされたことによる影響

1 中間利息の控除

(1)改正の内容

今回の改正により、将来において取得するべき利益について損害賠償額を算定するにあたって、中間利息の控除が変動利率となり、中間利息の控除に用いられる法定利率の基準時が損害賠償請求権の発生した時点となります(改正民法417条の2、722条)。

(2)改正による影響

労働災害が発生した結果として、ないし長時間労働を経て労働者が亡くなってしまった場合、将来の治療費、後遺障害逸失利益や死亡逸失利益が損害として計上されうることになります。これらの損害については、将来それらの損害が現実に発生した都度、賠償されるものではなく、将来にわたる損害を、前倒しをして一括払いする方法で賠償されることが主流となっています。
この場合、被害者側は、将来に発生する損害を現時点でまとめて一括で受け取ることができ、受け取った賠償金を運用することができるので、利得が生じる一方で、一括で支払う方は損をしてしまうと評価することができます。この不公平を解消するため、法定利率を基に、複利計算で将来にわたり運用した場合に生じる利息を一括賠償額から差し引くことになります。実務上は、法定利率に基づいて複利計算した結果を反映させた係数である「ライプニッツ係数」によって中間利息の控除をしています。
改正前の法定利息は、年5%の固定利息だったところ、改正後は、まずは年3%に引き下げられ、その後は市場により利率が変動することになりました。中間利息を控除するということは、将来の分の損害から利息分を減額することになるので、利率が高いほど多く控除されることになり、利率が引き下げられたことにより、控除される額が少なくなる結果、損害額が高額になることが見込まれます。

(3)改正による影響の具体例

例えば、あと20年就労することができる年収800万円の被害者が、労災事故で死亡した場合、改正前と改正後を比較すると、改正後の損害額が1351万4480円も増額することになります。
なお、改正後の法定利率は変動利率になるため、便宜的に3%として計算しました。また、被害者が死亡した場合、死亡したことによって生活費の支出を免れるという意味で、一定額が損害から控除されることになります。どの程度生活費を控除するかは、被害者の生活状況によって異なるものの、被害者が一家の経済的な支柱であることを前提とした、30%の生活費控除としています。 

 

控除率

逸失利益の額 計算式
5% 6978万8320円 800万円×12.4622×(1-0.3)
3% 8330万2800円 800万円×14.8755×(1-0.3)
差額 1351万4480円  

このように、改正によって、被害者側の賠償額が増えることが予想されます。
中間利息の控除の改正による影響は、交通事故の分野において、後遺障害逸失利益や将来介護費用など、将来発生するであろう損害において影響が生じることになります。

詳細については、民法改正とライプニッツ係数を参照下さい。

2 身元保証契約において極度額をどのように定めるのか

(1)身元保証契約とは

多くの企業では、入社時に、将来被用者が雇用主に与えるかもしれない損害を担保することを約し、実際に被用者が雇用主に損害を与えた場合に損害を填補するという身元保証人を求めています。
身元保証人の責任は、将来にわたって、どのような内容か分からない損害を填補することを保証するものであるため、厳しい責任であり、そもそも、無限の責任を負いかねない内容であるので、そのような契約自体、公序良俗に反するという疑念もあったようです。ただ、責任の内容を限定しないことによる道徳的な意義から、契約の履行時に裁判所がいろいろな事情を斟酌することが身元保証契約の本旨に適っているとして、契約自体を無効とせず、保証人の責任を軽減するため、身元保証に関する法律が制定されたとのことです。
同法では、身元保証人の責任を限定する趣旨で、責任の期間を原則3年にする(3条)、責任の有無及びその金額を定めるうえで使用者の過失の有無などの一切の事情を考慮する(5条)などの規定がされています。

(2)改正の内容

平成16年の民法改正では、貸金等根保証契約の個人保証人の責任について極度額を定めなければ効力が生じないとされていました(改正前465条の2)。今回の改正で、個人根保証契約の保証人の責任について、責任の上限が極度額の限度とされることになりました(465条の2)。
平成16年改正では、極度額を定めなければならない保証契約について、主債務の範囲に貸金債務が含まれることが要件になっていたところ、今回の改正で、主債務が貸金債務でない場合も含め、個人根保証全般に拡張されたものです。今回の改正で、個人根保証全般に極度額を定めなければならないとした趣旨は、保証責任の範囲を明確にすることによって保証人の予測可能性を確保しようとするものとされています。
平成16年改正時における貸金等根保証契約における極度額は、保証契約時において具体的な金額を定めなければならず、主債務の残額の9割といった定め方では十分でないとされていました。

(3)極度額の定め方

身元保証契約も個人根保証の責任を定める保証契約であるので、今回の改正によって、極度額として、幅のある記載でなく、具体的な金額を規定しなければならないようにも思われます。
他方で、身元保証契約は、貸金という金銭債務の保証契約と異なり、企業側の損害填補という意味だけでなく、勤務先に迷惑を掛けないことを約束させるという道徳的な意味を有しており、目的が異なっているといえます。そして、道徳的な意味を持たせるために、具体的な金額を定めにくいという事情もあります。具体的な金額を極度額として定めなければならないとすると、保証契約を締結する企業側としては、将来の損害を填補するため、できるだけ高額にしたい反面、あまりに高額にしてしまうと身元保証人が保証をすることに躊躇してしまう結果となってしまうことも考えられます。
極度額を定めるにあたって、一般的には、当該被用者の職務内容、年齢、経歴、想定される年収などから、当該被用者が今後及ぼすだろう損害を想定して具体的な金額を決めることになると思われます。そして、今回の改正で、平成16年改正における保証人保護を広げたことを考えると、極度額については、幅のある金額ではなく、具体的な金額を記載することが好ましいといえます。
ただ、今回の改正で極度額の上限を定める趣旨は、保証人の予測可能性を担保することにあるため、極度額は保証人の責任が予測することができるものであれば、必ずしも具体的な金額を定めなければならないものではなく、予測可能性を担保できる範囲であれば幅のある記載をすることができると考える余地もあると思われます。
その際、会社法で取締役の責任を限定する会社法425条の考え方が参考になると思われます。この制度は、取締役や監査役など(以下「役員等」といいます。)の株式会社に対する責任(同423条1項)を限定するものであって、賠償責任を負う額から、一定額を控除することをその内容としています。同条項1号は、責任を限定する内容として、「役員等が在職中に職務執行の対価として受け、又は受けるべき財産上の利益の1年あたりに相当する額」と規定しています。
極度額を定めるにあたっても、同条項1号の規定を参考にして、例えば被用者が業務執行の対価として受け、又は受けるべき初年度の月給の3年分に相当する額を極度額とすることが考えられます。具体的な極度額の定め方については、以下の条項とすることが考えられます。

 

★私は、(被用者の氏名)が貴社との雇用契約に違反し、または故意、過失その他責めに帰すべき事由によって貴社に損害を与えた場合、直ちに、同人と連帯して、同人が業務執行の対価として受け、又は受けるべき初年度の月給の3年分に相当する額を極度額として、その損害額を賠償します★
 

企業側としては、極度額を定めるにあたり、ある程度幅のある記載をしておくことで保証の実効性を担保したいといえます。また、役員の報酬と従業員の給与の額は一般的には役員報酬が高額になることから、保証を実行的なものにするという意味では、少なくとも極度額について、給与の数年分は補償の対象としておきたいところです。他方で、保証人にとっては、入社前であっても、被用者の初年度の月額をある程度推定することができるため、極度額を定めるにあたって、具体的な金額ではなく、このような幅のある定め方をしても、保証人が今後負うであろう責任の範囲を予見することができないとまではいえないと思われます。
そのため、このような極度額の定め方をしても、保証人が予見することができない責任を負わされることにはならないと思われるため、極度額を規定しなければならないとした法の趣旨に反せず有効であると考える余地はあると思われます。

3 ノーワーク・ノーペイの原則

雇用契約において、労働者が労務を履行しなければ報酬請求権は具体的に発生しないという考え方(いわゆるノーワーク・ノーペイの原則)が判例・通説上認められています。そして、使用者の責めに帰すべき事由によって労働者が労務を履行できなかった場合、改正前536条2項前段によって、労働者の報酬請求権が発生すると考えられていました。
民法改正後は、危険負担によって当然に債務が消滅するということではなく、履行拒絶権という考え方になります。そのため、労働者が労務を履行しない場合の労働者の使用者に対する報酬請求権も当然に消滅せず、使用者が労働者からの報酬請求権を拒絶することができるのみとなります。他方で、労働者が労務を履行しない場合で、その原因が使用者の責めに帰すべき事由による場合も、改正後の民法536条2項の規定からは、使用者が労働者からの報酬請求権の履行を拒むことができないということを導くことができるものの、報酬債権が「発生」することを直接根拠付けることにはならないものと思われます。
ただ、立案担当者は、改正前の取扱は合理的であるとして、改正後の本条2項によって、報酬債権の「発生」を根拠付けることが可能としており、審議会のなかでもその表現について議論がされているところです。

 

4 報酬について

(1)現行民法の規定

現行民法では、労働者は、労働を終了した後でないと報酬を請求することができない(現行民法624条1項)とされ、中途終了の場合に労働者が使用者に対して報酬を請求することができるかについて、明文の規定が設けられていません。 

(2)改正民法の規定

改正民法では、以下のように履行の割合に応じた報酬請求権について規定しています。

改正民法624条の2
労働者は、次に掲げる場合には、既にした履行の割合に応じて報酬を請求することができる。
 一 使用者の責めに帰することができない事由によって労働に従事することができなくなったとき。
 二 雇用が履行の途中で終了したとき

 

報酬は、労務提供に対する対価であるため、割合的な報酬が認められることを明文化したものです。
また、労働者が労務の提供をすることができなくなったことの帰責事由が使用者にある場合には、従前どおり報酬請求が可能となります。 

(3)どのような影響があるか

賞与や従業員退職金の支給規程を見直しておく必要があります。
賞与は、厳密には労務の対価ではないものの、退職金は、賃金の後払い的な性格があるので労務の対価であることを否定できないといえます。
支給規程において、賞与や退職金について在籍期間を支給要件としている場合、その要件を充たさない中途入社の社員の賞与や退職金について、割合的な請求権が生じると考える余地があるためです。
例えば、賞与や退職金規程で5年間在職していることを支給要件としている場合、支給要件を充たさない場合には一切賞与や退職金を支給しないと明示しておくことが必要になります。

 

4 消滅時効の改正

(1)改正による影響

債権の消滅時効が主観的起算点から5年、客観的起算点から10年とされました(改正後民法166条)。  
不法行為に基づく損害賠償請求権の消滅時効について、人の生命ま たは身体の侵害による損害賠償請求権の消滅時効は、主観的起算点から5年、客観的起算点から20年とされました(改正後724条の2,167条)。  
債権の消滅時効と人の生命または身体の侵害による損害賠償請求権の消滅時効を比較すると後者の方が10年間長いことになります。
長時間労働などにより従業員が精神を病んでしまった場合、亡くなってしまった場合、安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求という契約上の請求と不法行為に基づく損害賠償請求が並んでされることが多いです。
改正によって、消滅時効期間が最長20年となります。
改正によって、使用者としては、改正前より長期間訴訟リスクにさらされることになります。 

(2)パワハラ、セクハラの被害は「生命または身体の侵害」にあたるのか

上記の通り、不法行為に基づく損害賠償請求権の消滅時効について、「人の生命または身体の侵害」による損害賠償請求権の消滅時効は、主観的起算点から5年、客観的起算点から20年とされています(改正後724条の2,167条)。  
例えば、人を殴打した場合の損害賠償請求が「生命または身体の侵害」にあたることは問題がないと思われます。他方で、セクハラやパワハラによる損害賠償請求は、言葉や態度による嫌がらせをすることによっても成立しうるところ、言葉や態度によるセクハラ、パワハラがされたことによって、被害者が不快に思ったような場合の損害賠償請求が、「生命または身体の侵害」にあたるか否かは議論の余地があるように思われます。
条文上、「身体の侵害」とされ「身心の侵害」とされていないことからすると、「身体の侵害」にあたるといえるためには、人の身体に向けられた何らかの有形力の行使が必要となるとも思われます。他方で、言葉や態度によるハラスメントによって、被害者が精神疾患になってしまったような場合には、有形力の行使がなくとも、「身体が侵害」されたと評価することも可能であると思われるため、人の身体に向けられた有形力の行使が必須の要件ではないようにも思われます。
この点について、現在明確に解説がされているものはなく、今後の議論の集積が待たれるところではありますが、単に言葉によるハラスメントで不快な思いをした場合は「身体の侵害」にはあたらないと考える余地は十分にあるように思われます。

第2 雇用の分野の改正による影響

1 期間の定めのある雇用の解除

(1)現行民法の規定

原則5年(例外として商工業の見習い目的の場合は10年)を経過した後、3か月前に予告をすれば、当事者の一方はいつでも解除することができます(現行民法626条1項及び2項)。

(2)改正民法の規定

現行民法について、以下のように改正されました。

改正民法626条
  雇用の期間が5年を超え、又はその終期が不確定であるときは、当事者の一方は、5年を経過した後、いつでも契約の解除をすることができる。
2 前項の規定により契約の解除をしようとするものは、それが使用者であるときには3か月前、労働者であるときは2週間前に、その予告をしなければならない。

 

商工業の見習いについてのみ例外を認める合理性がないことから、現行民法の特則規定が削除されました。
また、現行民法の予告期間は、労働者も使用者も3か月と規定されていたものの、労働者からの解除の場合に3か月とするのは長すぎるとの批判から、改正後は労働者からの解除の場合は2週間と改正されました。

(3)どのような影響があるか

労働基準法14条が、期間の定めのある労働契約の期間の上限を、基本的に3年(例外を5年)としています。

労働基準法14条
労働契約は、期間の定めのないものを除き、一定の事業の完了に必要な期間を定めるもののほかは、3年(次の各号のいずれかに該当する労働契約にあっては、5年)を超える期間について締結してはならない。 

 

民法と労働基準法は、一般法と特別法の関係にあり、ほとんどの雇用契約には、特別法である労働基準法が適用されるので、現行626条が適用される余地はまれです。「一定の事業の完了に必要な期間を定めるもの」(労働基準法14条1項柱書)、「同居親族のみを使用する事業及び家事使用人」(労働基準法116条2項)には同条の適用がないため、このような場面で改正に影響があります。

 

2 期間の定めのない雇用の解約申し入れ

(1)現行民法の規定

原則として、各当事者は2週間の期間をおいていつでも解約の申入れができるとされ(現行民法627条1項)。期間によって報酬を定めた場合には、解約申し入れ期間がより長期になる(同法2項及び3項)と規定されていました。

(2)改正民法の規定

期間の定めのない労働者の解約申し入れ期間を2週間に短縮し(改正民法626条2項)、使用者からの解除予告期間及び解約申入れ期間は現行法を維持しています(改正民法626条及び627条)。

(3)どのような影響があるか

特別法の労働基準法20条が雇用契約において民法に優先適用される結果、30日前の解雇予告で足りるとされており、労働基準法が適用されない限定的な場面において、今回の改正の影響があります。