民法改正(不動産賃貸借への影響)

今回の民法改正案が国会で成立した場合、賃貸借契約について、きわめて大きな影響が生じます。

 

たとえば、現在皆様がアパートやマンション等を借りるとき、管理会社等から保証人を求められることが多いと思います。今の民法では保証人は自分が保証をする範囲が限定されることなく、保証契約をすることになっており、保証人の負担が大きいものになっています。

 

民法改正後は、この保証人の責任について、責任の範囲をわかりやすくすることにしました。また、保証人に対して借り主の返済状況や資産状況を情報提供させるようにするなどの規定も新設されました。これによって、保証人の立場を強化しつつ、安全な商取引が行えるようにしています。

 

お金を借りる際に事業のために借り入れる場合には、特別の保護規定が新設されることなども改正の内容になっています。

 

以下、不動産に賃貸借に関連する民法改正後の変更点についてご説明させて頂きます。

 

 

 

第1 不動産等の賃料の連帯保証について

 

1 改正の内容について

 

(1) 「個人根保証契約の保証人の責任」の新設(465条の2)

 

民法改正後は、不動産の賃貸借契約において根保証契約を結ぶ際に、保証人が責任を負うべき上限額(以下「極度額」といいます。)を定めなければなりません。

 

根保証とは、継続的な取引関係から生ずる不特定・多数の債務のためにする保証をいいます。例えば、会社が事業のため継続的に金融機関から1億円の範囲内で継続的に何度も借り入れ返済をする際の保証に用いられます。

 

根保証は、貸金の場合に限らず、賃貸借契約から生じる借り主の債務の保証も含みます。根保証契約の際には、書面または電磁的記録(パソコン等へデータとして保存すること)によって契約をする必要があります。民法が改正されると、上限額を定めない根保証契約は無効となります。

 

今の民法では、連帯保証人は、目的物を借り主が貸し主に対し、その目的物を明け渡すまでに生じた借り主の未払い賃料、損害賠償債務等の全額について保証する、すなわち責任を負う、という規定になっています。そのため、賃料等について保証をしている保証人は、具体的にいくら負担することになるかが不明瞭でした。

 

しかし、それでは保証人はいくら負担すべきか不安なうえに、実際に債務を負う段階で思いもよらない過大な負担を強いられることになるため、保証人保護に欠けるとの批判がありました。

 

そこで民法改正後は、不動産の賃貸借契約において借り主が貸し主に対して負担する債務を保証人が保証する場合、保証人が責任を負うべき上限の額を定め、書面または電磁的記録によって契約をするという規定を新設しました。

 

民法改正後は、上限額を決めない根保証契約を結んだ場合、その保証契約は無効となります。

 

なお、上記の規定は個人の保護を目的とするものであるため、保証人が会社等の法人である場合は対象外とされています。そのため、民法改正後も保証人が法人の場合は、民法改正による影響はありません。

 

 

 

(2) 「契約締結時の情報の提供義務」の新設(465条の10)

 

事業のための借り入れや、借り入れの一部が、事業のための場合、個人保証や根保証には、借り主は保証人に対して情報提供をすることを義務付けられます。提供すべき情報の内容は、借り主が有している財産や収支の状況、他の借金等の有無や金額や返済状況、借り主が担保として提供するものがあるか否か等についてです。

 

これは、保証人に適切な情報を与えた上で、保証人になるか否かを判断させるためであり、保証人保護のための改正です。

 

仮に、借り主が保証人に対して事実と異なる説明をすることによって、個人が保証契約をした場合、貸し主が事実と異なる説明等があったことを知っていた又は知ることができた場合には、保証人が保証契約を取り消せることになりました。

 

 

 

(3) 主たる債務の履行状況に関する情報の提供義務の新設(458条の2)

 

民法改正後は、保証人が履行状況の確認を求めたときは、貸し主は、保証人に対して借り主の債務の支払状況や残額などについて情報提供しなければならないことになります。

 

今の民法では、借り主が借りたお金を返済できない状態に陥った場合、保証人が長い間にわたって返済していない事実を知らず、保証人が請求を受ける時点で延滞金を含めた多額の支払を求められるという、保証人にとって責任が重くなってしまう結果が生じる場合がありました。

 

そこで、民法改正後は、保証人を保護するために、借り主の返済状況について、保証人が知ることができるよう、借り主の債務の支払い状況等を提供する義務を新設することになりました。

 

 

 

(4) 個人根保証契約における元本確定事由の新設(465条の4)

 

個人根保証契約の場合、保証人に対して強制執行の申立がされるなどの一定の事由が生じたときに、元本が確定されるという規定が新設されます。

 

今までは個人根保証について、貸金等の場合にのみ元本の確定事由の定めがありました。民法改正後は、賃貸借契約等における個人根保証契約の保証人についても一定の元本確定事由があれば、元本が確定することになります。元本確定事由は以下の3つになります。

 

①貸し主が保証人に対して金銭の支払いを目的とする債権についての強制執行の申立や抵当権などの担保権の実行を申し立てた上で、その実行の手続き開始があった場合。

 

②保証人が破産手続開始決定をうけた場合。

 

③借り主や保証人が死亡した場合

 

これは、保証契約締結時には予想することができなかった事態が生じた場合に、その時点で元本を確定させることで、それ以後の責任を保証人に負わせないとするものです。今までの民法で規定されていたお金の貸し借りについての根保証契約にあった元本確定事由の規定を、貸金等以外の個人根保証まで広げることで、保証人が保証すべき範囲の見通しを与えて、保証人の保護を強化しています。

 

 

 

2 民法改正による具体的な影響について

 

(1) 極度額の設定をどの範囲までにするのか。

 

 民法改正後は、貸し主は保証人が責任を負う極度額をあらかじめ設定しなければなりません。しかし、極度額の設定については、消費者契約法や民法の公序良俗規定との関係で問題が生じます。

 

 保証の極度額が平均的な損害額を超えるものや、消費者の利益を一方的に害する条項であった場合には、保証契約が無効になる可能性があるからです。

 

消費者契約法では、消費者が支払う賠償額の定めが平均的な損害の額を超えている部分は無効になると定められています(消費者契約法9条1項)。また、消費者の利益を一方的に害する条項も無効になると定められています(同法10条)。そうすると、保証の極度額が平均的な損害額を超えるものや、消費者の利益を一方的に害する条項であった場合には、保証契約が無効になる可能性が出てきます。

 

さらに民法90条では、「公の秩序又は善良の風俗に反する」内容の法律行為は無効であると定められています。そのため、極度額によっては暴利行為として公序良俗違反となり、保証契約が無効になる可能性が考えられます。

 

 

 

(2) 逸失利益と極度額についての民法改正後の問題について

 

逸失利益とは、本来得られるべきであるにもかかわらず、債務不履行や不法行為が生じたことによって得られなくなった利益をいいます。この逸失利益との関係でも極度額の設定についての問題が関係してきます。

 

そこで、逸失利益との関係が問題になった判例を紹介します。この事件は、貸していた室内での自殺がきっかけで、逸失利益を請求した事件です。民法改正後の極度額を設定するにあたって、目安になる事件かと思います。

 

 

 

東京地裁平成22年9月2日

 

ア 事案の概要

 

借り主が賃借した部屋を無断で他人へ又貸ししていたところ、又借りを受けていた人が、その部屋で自殺しました。そのため、多額の原状復帰費用が発生しました。また、次の借り主に貸す際、賃料を減額しなければいけなくなったとして、貸し主が借り主と連帯保証人それぞれに対して発生した損害の請求をした事件です。

 

 

 

イ 裁判所の判断

 

  裁判所は、前提として宅建業者に自殺という事情を次の借り主に告知すべき義務があると判断しました。

 

そのうえで、自殺の事実を告知した場合、新しい借り主が見つからない期間の賃料分と、仮に賃貸できたとしても値引きをしなければならない期間の差額賃料が、損害にあたると認定しました。

 

ただし今回問題となった物件は、単身者向けのワンルームマンションで、交通の便が良く、入居する人の出入りが高いため、自殺が起きたことによる嫌悪感等が他の物件と比較して早く減少するとしました。

 

結論として、賃貸不能期間を1年間として、また、通常の賃料の半額でなければ賃貸し得ない期間を2年間として、逸失利益を277万8752円(月額賃料12万6000円)と認定しました。そのうえで、借り主に対して、上記損害額を支払うことを命じるとともに、保証人も連帯して支払わなければならないと判断しました。

 

 

 

ウ この事案の評価

 

本件で裁判所は、自殺の事実を告知した結果、新しい借り主が見つからない期間の賃料1年分と、仮に賃貸できたとしても値引きをしなければならない期間の賃料2年分の差額分については損害にあたると判断しています。

 

民法改正後に極度額を定める場合には、本件を参考にして極度額を設定することが考えられます。

 

 

 

(3) 保証契約締結時の情報提供義務を新設(465条の10)

 

保証契約を交わす際に、借り主は保証人に対して事実と異なる説明がなかったことを書面上で明らかにしておく必要があります。もし、異なる説明があった場合、保証人は保証契約を取り消すことができます。

 

 

 

(4) 主たる債務の履行状況に関する情報の提供義務を新設(458条の2)

 

貸し主は、委託を受けた保証人の求めにより、都度情報提供をする必要があります。これは保証人が本当に保証をしてもよいかという正しい判断をできるようにするためです。

 

 

 

(5) 借り主が死亡した場合の元本確定事由を新設(465条の4)

 

民法改正後は、借り主が死亡した時点で元本が確定します。そのため、死亡後から明渡しまでの賃料は、保証人に対して請求することができません。

 

なお、上記の判例は、借り主自身が死亡した事案ではないので、民法改正後も、元本は確定せず、逸失利益の問題が生じます。

 

 

 

3 賃貸借契約の更新と改正民法について

 

改正民法の施行日より前に賃貸借契約がされた場合であって、改正民法の施行日以降に賃貸借契約が更新された場合、更新の際に新旧どちらの民法が適用されるかが問題となります。

 

改正後の民法が適用されないとすれば、民法改正前にされた賃貸借契約の連帯保証人は、借り主が建物を明け渡すまでの一切の責任を負担することになります。

 

しかし、改正後の民法が適用されるのであれば、保証人の責任負担が制限される可能性があります。

 

この点については、法務省の民法改正部会では、民法改正後に賃貸借契約の更新がなされた場合には、改正後の規定を適用するとの案が挙げられており、参考となります。 

 

 

 

第2 原状回復義務と敷金

 

1 原状回復義務の民法改正後における具体的な内容について(621条)

 

(1) 貸し主と借り主の間で、建物等について賃貸借契約を交わし、目的物の引き渡しを受けた後、その建物等に損傷などを与えた場合には、借り主は、原状回復をしなければならないという義務を明文化しました。

 

ここでいう原状回復とは、借り主の居住、使用によって発生した建物の価値が減少するものの内、借り主がわざと傷をつけたり、うっかりして、もしくはその他通常考えられる使用方法を超えるような使い方によって生じさせた損傷を元の状態に戻すことをいいます。

 

他方、天災等、借り主になんの落ち度のない理由によって、損傷が生じた場合は対象とならないことも明記しました。

 

また、借りたものを通常考えられる使用方法で使用したことによって発生した損傷と、借りたものについて、年月が経つことによって起こる通常の損耗、経年劣化は、原状回復の対象とされないことも明記しました。

 

これは、判例によって認められていたことを明文化したものです。これらの修繕費用については、既に賃料に含まれていると考えられているからです。

 

要するに、借り主が故意、過失によって借りたものを損傷させた場合には原状回復義務が生じること、他方で通常の損耗、経年劣化、借り主に落ち度のない損耗については借り主は責任を負わないことを明文化したというのが、民法改正後の具体的内容です。

 

 

 

(2) 敷金についての改正点

 

まず、敷金とは、「いかなる名義をもってするかを問わず、賃料債務その他の賃貸借に基づいて生ずる賃借人の賃貸人に対する金銭債務を担保する目的で、賃借人が賃貸人に交付する金銭」をいうと定義付けしました(622条の2第1項)。

 

今までの民法では、敷金の定義がありませんでした。そのため、借りたものを返す際、あらかじめ貸し主に渡した金銭がどういう性質のものであるかあいまいな場合があり、明け渡しの際にトラブルになることがありました。敷金を定義することで、後の未払い賃料等へのトラブル防止を図っています。

 

  次に、敷金を返す時期を明示しました。敷金を返す時期は2つあります。第1に、賃貸借契約が終了し、かつ貸し主が借り主から貸したもの引渡を受けたときです。そして第2に、借り主が適法に賃借権を譲渡した時点です。

 

これらは、いままでも判例で認められてきたことですが、明文化することによって、国民に広く知ってもらおうというのが改正の主な理由です。

 

これにより、借り主は敷金があるからという理由で、あらかじめ未払い分の賃料などに充当する権利を主張することはできないことになります。これらも裁判によって認められてきた内容を明文化することで、トラブルを防ぐことを目的としています。

 

さらに、敷金の充当の明示については、貸し主が借り主の未払い分の賃料や貸したものについての損傷等から生じる損害賠償等の額を差し引いた残りの金額を、借り主に返還しなければならないことを明文化しました。

 

以上が敷金についての改正点です。

 

 

 

2 具体的な影響

 

(1) 原状回復の範囲について、誰がどの程度の負担をすべきか

 

原状回復については、貸し主と借り主の間で、特約を交わすことで通常損耗等についてどちらが負担をするかということが選択できます。しかし、その場合には具体的にどの範囲でいくらをどちらが負担するのかという点を明示しておく必要があります。

 

 

 

(2) 敷金に似た金銭の交付があった場合の問題

 

敷金に似た金銭を交付する場合は、返すべき敷金であるのか、返す必要のない金員であるのかということをあらかじめ書面上で、明確に定めておく必要があります。

 

 

 

(3) まとめ

 

 民法改正後は、通常の損傷や経年劣化のうち、どの部分を誰がいくら負担するのかという点や、敷金として精算が必要な金銭であるか否かについて、契約の時点に書面で明らかにした上で、説明しておく必要があります。

 

 なお、何が通常の損傷や経年劣化にあたるのかについては、国土交通省が掲載している「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」を参考にすることもトラブル回避の1つの手段であるかと考えられます。

 

 以上が原状回復と敷金についてのまとめになります。

 

 

 

第3 賃料の減額義務と解約権利

 

1 改正の内容

 

 民法改正後は、賃貸借契約期間中に、貸したものの一部が使えなくなり、使用・収益することが出来なくなった場合、借り主からの請求を待つことなく当然に賃料が減額されることになります。

 

 今までの民法では、貸したものについて使用・収益が出来なくなった場合には、まず借り主は修繕が必要なことを貸し主に対して通知をしなければなりませんでした。この通知義務が民法改正後にはなくなり、使用収益ができなくなった場合には、当然に賃料が減額されることになります。

 

 

 

2 改正による具体的な影響 

 

 賃料が当然に減額されることになれば、貸し主に予想できない負担が生じることが考えられます。すなわち、貸し主が知らない間に、借り主が貸したものについて損傷が生じた場合、期間内の当然減額が生じるリスクが生じます。そのため、対策として「契約期間中には貸し主が貸したものについて使用収益が出来なくなったことを知らない場合、もしくは、借り主が貸し主に対して通知義務をしなかった場合は、賃料は当然には減額されない」等の特約を契約書に盛り込んでおく必要があります。

 

 

 

第4 賃借人の修繕について

 

1 修繕義務の内容

 

賃借物の修繕について、原則は貸し主が使用収益に必要な修繕義務を負っています。しかし、例外的に借り主が修繕を行うことができる場合を2つ明記しました。1つめが、借り主が貸し主に修繕が必要であることを通知し、貸し主が修繕の必要性があることを知ったにもかかわらず、相当の期間内に必要な修繕をしない場合です。2つめが、急迫の事情がある場合です。ここでいう急迫の事情とは、貸し主に通知する余裕がないほどに差し迫った事情があることをいいます。

 

 

 

2 具体的な影響

 

 修繕の必要性について、借り主と貸し主の間で認識が異なる結果、トラブルが生じる可能性が考えられます。

 

トラブル防止として、本当に修繕が必要かどうかという点と、修繕するとして、修繕費用はどの箇所についていくらが相当かについて、借り主と貸し主との間であらかじめ取決めをしておく必要があります。

 

 特に、老朽化した建物について貸し主が借り主に退去を求めている場合、借り主が大規模な修繕をすることにより、明け渡しまでの紛争が長期化する可能性が考えられます。

 

 そのため契約書の中で、借り主が修繕することができる範囲や、事前に貸し主が修繕費用の相当性を確認することができるような仕組みを作っておく必要があります。

 

以上