民法改正~帰責性概念の変化(ドイツ法学・我妻理論からの脱却、過失責任主義の撤廃)

帰責性概念の変化について

民法改正において、考えられている様々な民法の基礎的概念の変更に影響を与えているものとして、帰責性概念の変更を挙げることが出来ます。

 

帰責性とは、従前、債務不履行に基づく損害賠償や、契約の解除をするための要件として要求されていたものです。これに対し、民法改正の検討において、帰責性そのものの概念を廃止することも考えられたようですが、実際は廃止されなかったものの、その概念が修正されることとなりました。

 

現行民法において、帰責性とは、故意過失と考えられてきました。これは、現行民法が作られた明治時代、フランス法が元になったのですが、戦後、民法典を再検討する際に、ドイツ民法の考え方が取り入れられ、我妻博士らが中心にいわゆる現在の通説といわれる概念が基礎づけられました。

 

その中で、帰責性についても、故意過失であると考えられました。損害賠償を請求したり、契約を解除するためには、債務者の違法行為について故意過失が必要であるという、いわゆる過失責任主義がとられました。

 

ここで注意いただきたいのが、民法典においては、現行民法においても、債務不履行に基づく損害賠償は、次の通り定められ、どこにも故意過失とは記載されていないのです。帰責性を要求しているのみで、これは民法が明治時代に制定された当時のフランス民法典の流れを示すのですが、この帰責性についての解釈という形で、故意過失であるとされ、ドイツ法の概念である過失責任主義がとられたのです。

 

(債務不履行による損害賠償)

第415条 債務者がその債務の本旨に従った履行をしないときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。債務者の責めに帰すべき事由によって履行をすることができなくなったときも、同様とする。

 

何故、このような明文と解釈との間に乖離が生じたのかといいますと、そもそも、現行民法を制定する際の方針を定めた「法典調査ノ方針」(明治26年)の11条に「法典の条文は原則変則及び疑義を生ずべき事項に関する規制を掲ぐるに止め、細密の規定に渉らず」とされ、民法において細かな規定をつくることをしない方針とされたことに起因します。民法典として詳細なものを定めて、その後、様々な改正を要するようにするのではなく、概括的なものを定めて、それ以外は、解釈・判例で補っていくという方針となったのです。

 

現行民法の法文上は、フランス民法とドイツ民法の両方が取り入れられているのですが、解釈としては、現行民法施行当時、主流であったドイツ民法の考え方が流入されました。特にこのドイツ民法をもとに精緻な解釈論を展開していったのが、鳩山秀夫東大教授でした。鳩山由紀夫元首相の祖父鳩山一郎元首相の弟になります。

 

ただ、この鳩山理論の体系が、同僚の末弘厳太郎東大教授から、「横書きのドイツの理論を縦書きの日本語にしているだけだ」と痛烈に批判され、結局、その後、学者をやめてしまいます。当時、鳩山氏の書生をしていた我妻栄氏がそのあとを引き継ぎ、我妻理論を完成させました。

 

民法を学ぶとき、例えば司法試験においても、実務家登用試験である以上、判例通説に基づき論ずることが多いのですが、民法における判例通説とは、この我妻理論に、ほかならないのです。

 

そこで、日本の民法は、民法の条文を見ただけではわからず、これとは別に判例学説といういわゆる我妻理論を習得しないとわからない構造となっています。タテマエとホンネを分ける日本文化とも親和性がある話でもあり、この状況は、現在まで受け入れられているのです。

 

帰責性の話も、この流れをうけており、条文上は、どこにも故意過失などとは記載されていないのですが、過失責任主義をとるドイツ法学の考えに沿った、我妻理論に基づき、帰責性=故意過失という解釈となっているのです。

 

 

 

改正民法における帰責性の変化について

以上のとおり、帰責性の話も、条文の明文と異なり、解釈においては、ドイツ法学の考え及び我妻理論に基づき、帰責性=故意過失ということになっているのです。

この現行民法に対し、改正民法は次のとおりとなります。

 

(債務不履行による損害賠償とその免責事由(民法第415条関係))

債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき又は債務の履行が不能であるときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。ただし、その債務の不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。

 

債務不履行に基づく損害賠償請求について、帰責性を要求していることは変わりませんが、「契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念」に照らし帰責性があるかどうか検討されることが変わります。これは、現行民法上の、帰責性の要件として故意過失を要求するという、過失責任主義を撤廃し、契約等の発生原因と取引上の社会通念に基づき検討するという考えに変更する趣旨となります。

 

従前、ドイツ法学及び我妻理論にしたがい、帰責性=故意過失という過失責任主義を、条文と乖離させて解釈として導入してきたのを、帰責性のところに、「契約その他の~」という文言を付け加えることで、過失責任主義をとらないことを明文化したという趣旨なのです。

 

この帰責性の修正、もっと言えば、その根底にある我妻理論からの脱却ということが、今回の改正において色濃く出ているということがいえるのです。

 

このことは、単に学説上、理論上の話といわれることが多いのですが、現行民法の基礎的な体系を大きく変える以上、民法の考え方、具体的事件についてどのように処理されるかも含め、大きく影響するのではないかと考えています。

 

注 この民法制定時の経緯については、いろいろな文献が出ているのですが、なかでも元東大教授で法務省経済関係民刑基本法整備推進本部参与として民法改正に中心的に関わられていらっしゃる内田貴氏の民法改正~契約のルールが百年ぶりに変わる(ちくま新書)が非常に読みやすく、わかりやすいのでご一読をお勧めします。