過失相殺の基準について

◆過失相殺

過失相殺とは、賠償金額に関して当事者の過失割合分が減額されることをいいます。

その結果、当事者は、減額された金額しか支払いを受けることができないことになります。

現在の賠償実務においては、当事者にとって避けようがなかったと思われる事故であっても、相手方当事者による赤信号無視や信号待ちの際の追突等の一部の事例を除いて、双方に過失があるとされています。

たとえば、Aが運転した車両とBが運転した車両との交通事故で、Aの過失割合が1割、Bの過失割合が9割、Aの損害額が100万円、Bの損害額が200万円の場合を考えてみます。

 

A 過失 1割、損害 100万円

 

B 過失 9割、損害 200万円

 

この場合、以下の計算式のとおり、AはBから90万円の支払いを受けるにとどまり、Aの過失分である10万円は支払われません。

 

100万円(Aの損害額) × (1-0.1)(過失割合)= 90万円(Aに支払われる額)

 

 

また、以下の計算式のとおり、AはBに対して、20万円を支払う必要があります。

 

 200万円(Bの損害額) × (1-0.9)(過失割合) = 20万円(Aが支払う必要がある額)

 

 

過失1割と言われた場合、自分の損害の1割が差し引かれて、90万円の支払を受けることができると思いがちです。

しかし、実際は、相手の損害分の1割について別途負担しなければならなくなるので注意が必要です。

上記事例の場合、両者を差し引くことができるとすると、AはBから、70万円(90万円-20万円)の賠償を受けることになります。 

◆過失割合の基準

過失割合はどのようにして決められるのでしょうか。賠償実務において、公平で迅速な解決をはかるためには、統一の基準が用いられることが望ましいといえます。その為に作られたのが、別冊判例タイムズNo.38「民事交通訴訟における過失相殺率の認定基準」(以下「過失相殺認定基準」といいます。)という書籍です。

過失相殺認定基準は、東京地方裁判所民事交通訴訟研究会という東京地方裁判所の交通部に所属する裁判官による研究会が多くの裁判例を集め、検討の結果、基準として公表しているものです。そのため、多くの裁判官をはじめ、保険会社などが、広く過失割合を判断する基準として用いています。

 

下の図は過失相殺認定基準の一例です。

【別冊判例タイムズNo.38「民事交通訴訟における過失相殺率の認定基準」より】

上の図では、四輪車同士の事故に分類されています(㋐)。道路状況は、一方が優先道路です(㋑)。さらに、当事者の動きは、Ⓐ優先車、Ⓑ劣後車ともに直進車としている事故として類型化されています(㋒)。

また、過失割合は、Ⓐ優先車:Ⓑ劣後車=10:90を基準としています(㋓)。それに加えて、修正要素がある場合(㋕)には、適用すべき過失割合の基準が併せて記載されています(㋔)。

以下、この図に沿って過失相殺認定基準を詳しく説明します。

◆過失相殺認定基準の内容について

過失相殺認定基準は、事故当事者によって、大きく7種類に分けられていますが、道路状況や当事者の動きによって、過失割合が大きく変わります。そのため、過失相殺認定基準を使用する際、実際の事故の状況に応じて、参照しやすいよう、道路状況や当事者の動きによって、さらに詳細に分けられています。

 

まずは、分類されている7種類について説明します。

1.事故当事者等によって分類されていること

 過失相殺認定基準は、次のとおり大きく7種類について分類されています。

 

①歩行者と四輪車・単車の事故

②歩行者と自転車との事故

③四輪車同士の事故

④単車と四輪車との事故

⑤自転車と四輪車・単車との事故

⑥高速道路上の事故

⑦駐車場内の事故

 

7種類をまとめると、歩行者が当事者となっているものとして、「①歩行者と四輪車・単車の事故」、「②歩行者と自転車との事故」の2種類があります。これに対して、車が当事者となっているものとして、「③四輪車同士の事故」、「④単車と四輪車との事故」、「⑤自転車と四輪車・単車との事故」の3種類があります。

その他、「⑥高速道路上の事故」と「⑦駐車場内の事故」を併せて全部で7種類です。

 

このように、過失相殺認定基準は、事故当事者によって、7種類に分類されています。

下の図は、7種類のうち、㋐のとおり四輪車同士の事故に分類されている事故状況の図です。

2.道路状況と当事者の動きによって類型化されていること

過失相殺認定基準は、7種類に分けられた上で、さらに道路状況や事故当事者の動きによって類型化されています。

道路状況として、交差点なのかそうでないのか、交差点であれば、信号機があるのかないのか、一時停止等の道路標識があるのかないのかなどで類型化されています。

当事者の動きとして、当事者が車両であれば、停止していたのか、動いていたのか、動いていたのであれば、直進していたのか、右折していたのかなどで類型化されています。

そこで、道路状況と当事者の動きについて下記で詳しく説明します。

(1)道路状況について

過失相殺認定基準で、道路状況は、交差点であるのかないのか、交差点だったとして、信号機があるのかないのか、一時停止等の道路標識があるのかないのかなどで類型化されています。

同じ信号機のない交差点でも、双方の道路の幅が同じである場合、どちらか一方に一時停止の規制がある場合、どちらか一方が一方通行規制に違反して進行した場合など、道路幅や道路標識・規制の有無によって、さらに類型化されています。

 

下の図では、道路状況は、㋑のとおり、信号機のない交差点で、一方がセンターラインのある優先道路の状況です。

優先道路は、センターラインのある道路や、優先道路を示す道路標識が設定されている道路です。一方、優先道路と交差する道路を劣後道路といいます。

(2)当事者の動きについて

過失相殺認定基準で、当事者の動きは、車両であれば停止していたのか、動いていたのか、動いていたのであれば、直進していたのか、右折していたのかなどの事故当時の当事者の動静で類型化されています。

歩行者であれば、横断歩道を渡っていたのか、渡っていなかったのか、渡っていたのであれば、青信号であったのか、赤信号であったのかなどで類型化されています。

 

下の図では、当事者の動きは、一方が優先道路を直進しており、もう一方が優先道路ではない劣後道路を直進しています。

過失相殺認定基準では、優先道路を走行している車両を優先車、劣後道路を走行している車両を劣後車と示されていますので、下の図の当事者の動きは、㋒のとおり、一方が優先道路を直進している優先車で、もう一方が優先道路ではない劣後道路を直進している劣後車の場合です。

(3)まとめ

このように、過失相殺認定基準は、事故当事者等によって7種類に分類された上で、さらに、交差点であるのかないのか、交差点だったとして、信号機があるのかないのかなどの道路状況と、車両であれば停止していたのか、動いていたのか、動いていたのであれば、直進していたのか、右折していたのかなどの当事者の動きによって類型化されています。

3.基本過失割合と修正要素があること

過失割合は、基本過失割合と修正要素で判断されます。

基本過失割合は、道路状況と当事者の動きによって決められています。判例タイムズでは、道路状況と当事者の動きを類型化し、それぞれの事故状況に応じた基本過失割合が設けられています。

また、修正要素は、基本過失割合以外に検討すべき事項です。例えば、事故当時、どちらか一方の当事者が携帯電話を使用していた、という事実があった場合、修正要素として考慮され、基本過失割合に加えて、「携帯電話を使用していた」側の過失が大きくなり、もう一方の当事者の過失が小さくなります。

 

そこで、基本過失割合と修正要素について詳しく説明します。

(1)基本過失割合

基本過失割合は、事故当事者等によって7種類に分類された上で、さらに、交道路状況と、当事者の動きによって類型化され、決められています。例えば、信号のない交差点で、直進車と右折車の事故であるのか、同じ道路状況の信号のない交差点でも直進車と左折車の事故とでは、当事者の動きが違うため、それぞれの基本過失割合は異なります。

 

下の図では、道路状況は、信号機のない交差点で、一方が優先道路である場合です。当事者の動きは、一方が優先道路を直進しており、もう一方が優先ではない道路を直進している場合です。

下の図では、優先道路を走行する車両を「Ⓐ優先車」、優先ではない道路を走行する車両を「Ⓑ劣後車」としています。

「Ⓐ優先車」は優先道路を走行していることから、下の図【105】では、㋓のとおり、基本過失割合をⒶ優先車:Ⓑ劣後車=10:90としています。

(2)修正要素

 修正要素とは、基本過失割合に加えて考慮すべき事情をいいます。

例えば、信号機のない交差点で、一方が優先道路である場合です。基本過失割合は、Ⓐ優先車:Ⓑ劣後車=10:90とされています。

事故発生時に、Ⓑの明らかな先入があった場合、基本過失割合通りで良いのか、または修正要素を検討する必要があるかどうかを確認する必要があります。

そこで、修正要素を確認してみると、下の図では「Ⓑの明らかな先入」という修正要素が設けられ、Ⓐ優先車側に「+10」とされています(○オ)。

そのため、事故発生時に、Ⓑの明らかな先入があった場合、基本過失割合(Ⓐ優先車:Ⓑ劣後車=10:90)にⒶ優先車側に+10となりますので、最終的な過失割合は、Ⓐ優先車:Ⓑ劣後車=20:80となります。

 

         Ⓐ優先車:劣後車

基本過失割合    10 : 90 

の明らかな先入 +10      

          20 : 80 

では、過失割合を決める際には、修正要素として設けられたものしか、考慮されないのでしょうか。実際の事故では、様々な状況が異なるため、それぞれの事故に応じて相当な過失割合を決められるよう、具体的な修正要素の他に「著しい過失」「重過失」があります。

この、「著しい過失」「重過失」も道路状況と当事者の動きによって異なります。

このように、判例タイムズでは、様々な事故状況に合わせた過失割合が検討できるよう作成されています。

 

例えば、下の図で、Ⓐ優先車が携帯電話を使用していた場合、修正要素に「携帯電話の使用」はありません。しかし、「Ⓐの著しい過失」「Ⓐの重過失」(㋕)を詳しく確認すると、㋗に記載されているとおり、車両一般の著しい過失の例として、「携帯電話等の無線通話装置を通話のために使用したり、画像を注視したりしながら運転すること」とあります。

そのため、Ⓐ優先車が携帯電話を使用していた場合、修正要素「Ⓐの著しい過失」として、Ⓐ優先車側に「+15」とされています(㋖)。

そのため、事故発生時に、Ⓐ優先車が携帯電話を使用していた場合、基本過失割合(Ⓐ優先車:Ⓑ劣後車=10:90)にⒶ優先車側に+15となりますので、最終的な過失割合は、Ⓐ優先車:Ⓑ劣後車=25:75となります。

 

         Ⓐ優先車:劣後車

基本過失割合    10 : 90 

の著しい過失  +15      

          25 : 75 

【別冊判例タイムズNo.38「民事交通訴訟における過失相殺率の認定基準」より】

なお、事故状況により過失割合は加重されたり減算されたりします。詳しくは弁護士へご相談ください。