平成25年4月、厚生年金の支給開始年齢が、60歳から65歳に引き上げられました。同時点では、大多数の企業の定年年齢が60歳であり、定年退職後、年金受給開始年齢である65歳までの間、収入を得ることができない期間が生じる可能性がありました。
そこで、平成24年8月29日、高年齢者雇用安定法(以下「高年法」といいます。)が改正され、企業には、原則として、定年年齢の引上げ、継続雇用制度の導入ないし定年の定めの廃止が義務付けられることになりました。
高年法改正後、トヨタ自動車において、60歳で定年になった従業員に対し、定年前の事務職とは異なり、清掃員として再雇用をするとの提示を行いました。
従業員は、かかる提示を拒絶し、同社に対し、事務職としての地位確認及び不法行為に基づく損害賠償請求を求める訴訟を提起しました。
平成28年9月28日、名古屋高等裁判所は、定年退職前の職務内容と全く別個の職務内容を提示することは、高年法の趣旨から許されないとして、不法行為責任に基づく損害賠償を認めました。
しかしながら、同判決は、上記高年法の趣旨からして疑問があります。そこで、以下において検討して参ります。
また、定年退職後の再雇用等、従業員との間のトラブルが発生した場合、どのような証拠が重要となるかを解説させていただくとともに、証拠の採取方法についても、解説させていただきます。
平成28年9月28日、名古屋高等裁判所において、高年法に関し、重要な判断が示されました(以下「高裁判決」といいます。)。高裁が判示した事案(以下「本件」といいます。)の前提事実は、以下の通りです。
トヨタ自動車(以下「本件会社」といいます。)において、事務職として雇用されていた従業員(以下「本件従業員」といいます。)が、60歳で定年退職を迎えました。
会社では、定年退職を迎える従業員に関して、再雇用の選定基準を定めていました。
そして、選定基準を満たした者は、定年後再雇用者就業規則に定める職務を提示することになっていた一方で、上記基準を満たさない者はパートタイマー就業規則に定める職務を提示することとなっていました。
本件従業員は、上記基準を満たしていないとして、パートタイマーとして再雇用をするとの条件を提示されました。
本件従業員は、パートタイマーとして再雇用するとの条件を提示されたことを不服として、本件会社に対し、①事務職としての再雇用契約上の地位の確認、②事務職としての賃金の支払い及び③損害賠償を求めました。
高裁は判決において、①事務職員としての地位確認及び②事務職員としての賃金の支払い請求は認めませんでした。
しかしながら、③損害賠償については、本件会社が高年法の趣旨に則った再雇用条件を提示しなかったとして、本件会社に対し、不法行為に基づく慰謝料の支払いを命じました。
慰謝料の額は、パートタイマーとして継続雇用された場合に得ることができたであろう賃金の1年分相当額(127万1500円)とされました。
しかしながら、高裁判決については、次の各点について疑問があります。
第1に、高裁判決が、高年法の趣旨を以下の通り解釈したことに疑問があります。
高裁判決は、高年法の趣旨からすると、従業員を定年後に継続雇用するにあたって、定年退職までの職務内容と全く別個の職種に属する職務内容を提示することは、従前の職種全般について、適格性を欠くなど通常解雇を相当とする事情がない限り、許されないとしました。
しかしながら、高年法の趣旨は、年金の支給開始年齢が引き上げられたことに伴って、定年退職後、給与収入も年金収入も得られない期間が発生することを防ぐことにあるといえます。
そのため、定年退職前後で全く別個の職種に属する業務を提示することを制限するものではないといえます。
したがって、この点に関する高裁の判断には、疑問があります。
そこで、本書では、高年法の趣旨に関する高裁の判断について、検討します。
この点についての具体的な検討内容は以下をご参照下さい。
第2に、高裁判決が、高年法の趣旨を解釈するにあたり、地方公務員法(以下「地公法」といいます。)第57条を引用していることに、疑問があります。
高裁判決は、定年退職前後で全く別個の職種に属する業務を提示することは許されないとする結論を導くにあたって、地公法第57条が、行政職員と単純労務職員とを全く異なった取り扱いをしている点を挙げています。
高裁判決は、地公法第57条が、事務職に従事する職員を含む行政職員と清掃業務に従事する職員を含む単純労務職員とを全く異なった取り扱いとしていることからして、事務職と清掃業務は、全く別個の職種に属するものであるとの結論を導いています。
地公法57条は、同法36条が公務員の政治的行為を制限している点について、単純労務職員は、民間の勤労者と類似の職務内容を行っていることから、政治的行為の制限について、できる限り民間の労働者と同様の取扱いとすることを目的として、規定されたものです。
すなわち、地公法57条は、公務員の政治的行為の制限について着目したものであって、政治的行為の制限について差異を設ける必要のない民間の企業における紛争において、参考とすることは相当でないといえます。
また、地公法の規定内容からして、本件会社は、主として自動車等の製造を行っているところ、いずれの従業員も単純労務職員である点についても、検討が必要といえます。しかしながら、高裁判決では、この点について何らの検討を行っていません。
そのため、この点についても、高裁判決には疑問があります。
そこで、地公法に関する高裁の判断について、検討します。
この点についての具体的な検討内容は以下をご参照下さい。
定年退職後に従業員を再雇用する場合、定年退職前の賃金よりも賃金額が減額されたり、職務内容が定年退職前のものと異なるものとなることは、一般的といえます。とはいえ、賃金の減額や職務内容の変化は、従業員にとって重要な問題であることから、トラブルが生じやすい素地があるといえます。
そのため、定年退職後、再雇用する際には、慎重な判断が求められるとともに、トラブルを未然に防ぐことが求められるといえます。ただ、判断のためや、トラブルを防止するための資料収集は、再雇用の判断をする前に行う必要があります。
そこで、定年退職後再雇用を行う際の判断をしたり、トラブルを未然に防ぐために、従業員が定年退職を迎える前に会社として取り得る対応方法について、併せ検討していきます。
この点についての具体的な検討内容は以下をご参照下さい。
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