改正前の民法では、法定利率を年5%の固定利率と規定していますが、民法改正後は年3%の変動利率となります。
その結果、中間利息の控除をする逸失利益や将来の介護費用等の金額は、民法改正後に大幅な増額となります。他方、遅延損害金は、民法改正後に減額となります。
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改正前の民法 |
改正後の民法 |
法定利率 |
・年5%の固定利率(404条) |
・施行当初は年3%(404条2項) |
中間利息の控除 |
・規定なし |
・不法行為時の法定利率を用いる(417条の2) |
遅延損害金 |
・遅滞の責任を負った最初の時点 |
・不法行為時の法定利率を用いる(419条1項) |
逸失利益や将来の介護費用等、将来的に発生する損害を前もって支払う場合、中間利息の控除をします。中間利息の控除をする場合の利息の利率は法定利率を用います。民法改正後の法定利率は改正前の民法の法定利率よりも小さくなります。その結果、中間利息として控除される金額が小さくなるため、逸失利益や将来の介護費用等の金額が大幅な増額となります。
例1)逸失利益
37歳で年収500万円の方が、事故で寝たきりになられたとして、就労可能年数30年、労働能力喪失率100%の逸失利益を算定した場合
(改正前)ライプニッツ係数年5%の場合
500万円×15.3725(30年のライプニッツ係数)×100%=7686万2500円
(改正後)ライプニッツ係数年3%の場合
500万円×19.6004(30年のライプニッツ係数)×100%=9800万2000円
現行の民法 |
76,862,500 |
円 |
改正後の民法 |
98,002,000 |
円 |
差額 |
21,139,500 |
円 |
例2)将来の介護費用
30歳の方が事故で後遺障害等級1級1号の後遺障害が残存したとして、日額8000円の介護費用を平均余命(80年)まで算定した場合
(改正前)ライプニッツ係数年5%の場合
日額8000円×365日×18.2559(50年のライプニッツ係数)=5330万7228円
(改正後)ライプニッツ係数年3%の場合
日額8000円×365日×25.7298(50年のライプニッツ係数)=7513万1016円
現在の民法 |
53,307,228 |
円 |
改正後の民法 |
75,131,016 |
円 |
差額 |
21,823,788 |
円 |
前述のとおり、民法改正により、将来的に発生する損害を前もって支払う場合の支払額が大幅な増額となります。その結果、対人賠償保険や人身傷害保険にて支払う保険金の支払い額も大幅な増額となります。そこで、保険金の支払額が増額となることを見越して、保険料が値上げされる可能性があります。
遅延損害金の利率は法定利率を用います。民法改正後の法定利率は改正前の民法の法定利率よりも小さくなるため、遅延損害金の金額は減額となります。
例)100万円を返済期間30年で借りた場合
(改正前)
100万円×5%×30年=150万円
(改正後)(年3%の変動金利が変動しなかった場合)
100万円×3%×30年=90万円
民法改正後においては、当該年度の法定利率は、予め法務大臣より告知されることとなっています(404条5項)。告知に関する詳細については法務省令に委任されていますが、現時点では、いつ、どのような方法で告知されるかは明らかではありません。
民法改正後も、物損の損害賠償請求権における消滅時効の期間は、改正前の民法と同様に3年間です。他方、人身の損害賠償請求権の消滅時効の期間は5年間となります。そのため、物損の損害賠償請求権の消滅時効が完成している一方で、人身の損害賠償請求権の消滅時効が完成していないということが生じ得ます。
また、民法改正後は、時効に関する概念自体が変わると共に、時効に影響する行為を行うことによる効果も変わります。
更に、時効を完成させないための方法として、民法改正後は、改正前の民法における債務承認や催告という方法に、協議による完成猶予という方法が加わることとなります。
以下の表では、時効に影響する主な行為毎に、改正前の民法における効果と改正後の民法における効果を比較し、民法改正によって時効に影響する行為の効果が異なることを示しています。
また、同様に、改正前の民法と改正後の民法における不法行為による損害賠償請求権の消滅時効の期間を比較し、民法改正によって不法行為における損害賠償請求権の消滅時効の期間が異なることを示しています。
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民法改正により、改正前の民法での時効の概念が変わり、それに伴い法律用語も変わります。時効の概念や法律用語が変わることにより、民法改正後は、時効管理のための書式を変更する必要があります。
改正前の民法では、時効期間が一旦進行を始めた後、特定の事由が起こると、それまで進行してきた時効期間がリセットされ、その時点から改めて最初から時効期間の進行が始まります。これを時効の「中断」という概念にしています。民法改正後は、時効期間が一旦進行を始めた後、新たに時効期間が開始することを「更新」という概念にしています。
改正前の民法では、時効の完成を一定期間猶予する制度のことを「停止」という概念にしています。民法改正後は、一定期間に亘り時効の完成を猶予する制度のことを「完成猶予」という概念にしています。
改正前の民法において債務承認をした場合、時効は中断し、新たに時効期間が開始することとなります。他方、民法改正後に債務承認をした場合、時効は更新し、新たに時効期間が開始することとなります。
このように、債務承認に関しては、民法改正後も、改正前の民法と同様に、新たに時効期間が開始することとなります。
ただ、表現が改正前の民法では時効の「中断」というのに対し、民法改正後は時効の「更新」ということとなります。
改正前の民法において、訴訟提起をした後に訴えの却下ないし訴えの取下げがされた場合、時効は中断せず、時効が完成しないという効果も生じません。他方、民法改正後において訴訟提起をした後に訴えの却下ないし訴えの取下げがされた場合、手続終了時から6か月が経過するまでの間は時効が完成猶予され、時効が完成しないこととなります。
このように、訴訟提起をした後に訴えの却下ないし訴えの取下げがされた場合、改正前の民法と異なり、民法改正後は、手続終了時から6か月が経過するまでの間は時効が完成しないこととなります。
改正前の民法において訴訟提起をして権利が確定した場合、時効が中断し、権利が確定した際に新たに時効期間が開始することとなります。他方、民法改正後に訴訟提起をして権利が確定した場合、時効が更新され、権利が確定した際に新たに時効期間が開始することとなります。
このように、訴訟提起をして権利が確定することにより、民法改正後も、改正前の民法と同様に、新たに時効期間が開始することとなります。
改正前の民法において調停申立てをしたものの不調となった場合、不調時から1ヶ月以内に訴えを提起しないと時効は中断せず、時効の完成が猶予されることもありません。他方、民法改正後に調停申立てをしたものの不調となった場合、訴えを提起しなくとも、不調時から6か月が経過するまでの間は時効が完成猶予され、時効が完成しないこととなります。
このように、調停申立てをしたものの不調となった場合、改正前の民法と異なり、民法改正後は、訴えを提起しなくとも、不調時から6か月が経過するまでの間は時効が完成しないこととなります。
改正前の民法において調停申立てをして権利が確定する場合、時効が中断し、権利が確定した際に新たに時効期間が開始することとなります。他方、調停申立てをして権利が確定した場合、時効が更新され、権利が確定した際に新たに時効期間が開始することとなります。
このように、調停申立てをして権利が確定することにより、民法改正後も、改正前の民法と同様に、新たに時効期間が開始することとなります。
改正前の民法において催告をした場合、催告のときから6か月間は時効の完成が猶予されます。他方、民法改正後に催告をした場合も、催告のときから6か月間は時効の完成が猶予されます。
このように、催告をすることにより、民法改正後も、改正前の民法と同様に、催告のときから6か月間は時効の完成が猶予されます。
以上のとおり、時効に影響する行為に関して、訴訟提起をした後に訴えの却下ないし訴えの取下げがされた場合、改正前の民法と異なり、民法改正後は、手続終了時から6か月が経過するまでの間は時効が完成しないこととなります。
また、調停申立てをしたものの不調となった場合、改正前の民法と異なり、民法改正後は、訴えを提起しなくとも、不調時から6か月が経過するまでの間は時効が完成しないこととなります。
他方、時効に影響する債務承認、訴訟提起、調停申立に関し、それ以外の場合は改正前の民法と同様の効果といえます。
このように、民法改正により、訴訟提起をした後に訴えの却下ないし訴えの取下げがされた場合や調停申立てをしたものの不調となった場合の効果が変わることとなります。
民法改正後は、消滅時効の完成を阻止する方法として、現在の債務承認や催告という方法に「協議による時効の完成猶予」という方法が加わりました。協議による時効の完成猶予というのは、当事者が合意をすることによって時効の完成を猶予するという方法です。時効の完成を猶予する期間も、当事者が合意することによって柔軟に選択することができます。
現在、消滅時効の完成を阻止するために、催告をした上で訴訟提起をする事例がみられますが、民法改正後は、協議による時効の完成猶予を用いることも検討すべきこととなります。
ただ、協議による時効の完成猶予にされた催告は効力を有しないなど、改正民法では効果や手続が細かく規定されています。そのため、協議による時効の完成猶予を活用する際には慎重に検討する必要があります。
民法改正後は、人身の損害賠償請求権の消滅時効の期間が、改正前民法の3年間から5年間に延びます(改正民法724条の2)。他方、物損の損害賠償請求権の消滅時効期間は、改正前民法通り、3年間です(改正民法724条)。
その結果、事故から3年以上が経過した際に、物損の損害賠償請求権は消滅時効が完成している一方で、人身の損害賠償請求権は消滅時効が完成していないという事態が生じうることとなります。
5で述べたとおり、民法改正後は、人身の損害賠償請求権の消滅時効の期間と、物損の損害賠償請求権の消滅時効の期間が異なることとなります。物損と人身は、少なくとも消滅時効の規定上は別個のものとされます。その結果、物損において弁済等の債務承認行為をした場合に、人身の損害賠償請求権の消滅時効に影響するか、すなわち、物損の債務承認行為により、人身の損害賠償請求権との関係でも債務承認行為となるかについては、現時点では明らかではありません。
改正前の民法での不法行為における訴訟物の個数については、以下のとおり、判例や裁判例で見解が異なっており、確定的な見解には至っていないといえます。
最判昭和48年4月5日判タ229号298頁
「同一事故により生じた同一の身体傷害を理由とする財産上の損害と精神上の損害とは、原因事実および被侵害利益を共通にするものであるから、その賠償の請求権は1個であり、」
※但し、人身のみの損害賠償請求がされた事案である。
大阪地判平成8年10月29日交民29巻5号1553頁
「被侵害利益の相違等を考慮すれば、人的損害と物的損害の賠償請求権は別個の訴訟物と解するのが相当である」
また、民法改正後の不法行為における訴訟物の個数に関して、民法改正の審議会では、民法改正により物損と人身の消滅時効の期間が異なることとなっても、訴訟物の個数の解釈に関しては影響しないとの議論がされています。
「○合田関係官 まず、訴訟物の個数に関しては、このような特則を設けたとしても、個数の解釈に関しては影響は出ないのだろうと考えております。」
(審議会 第79回議事録)
民法改正により、物損と人身の消滅時効の期間が異なることとなるため、物損と人身の訴訟物は異なるものになる、との見解もありうるように思われますが、上記のとおり、消滅時効の期間が異なることにより、訴訟物の個数の解釈に関しては影響しないとの議論もされています。
このように、民法改正により、不法行為における訴訟物の個数の解釈に影響を及ぼすかについては、現時点では明確ではありません。
相手に対して同種の債権を持っている場合に、双方の債権を対当額だけ消滅させることを相殺といいます。相殺をする場合、相殺をしようとする側が有する債権を自働債権といいます。他方、相殺される側の債権(相殺する側から見れば債務)を受働債権といいます。改正前の民法では、不法行為に基づく損害賠償請求権を受働債権とする相殺は一律禁止されていますが、民法改正後は、物損の損害賠償請求権を受働債権とする相殺等、一定の場合に相殺が認められることとなります。
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民法改正後は、物損(悪意の不法行為は除く)の損害賠償請求権を受働債権とする相殺が認められるようになります。
改正前の民法では、不法行為に基づく損害賠償請求権については、双方が合意しない限り相殺をすることができません。その結果、例えば、双方に物損が生じている交通事故において、一方のみが無資力の場合、資力がある者は資力が無い者に対して賠償をする傍ら、資力が無い者からの賠償を受けられないという事態が生じます。このような事態は、本来的には双方が賠償すべきであるにも拘らず、一方のみが賠償を余儀なくされるという意味で、公平とは言い難いです。
民法改正後は、相殺の意思表示をすることにより、物損に関して相手方の損害賠償請求権と自らの損害賠償請求権を相殺することができます。その結果、受働債権に関し自らが賠償する傍ら、自働債権に関し賠償を受けられないという事態を回避することができます。
同一の交通事故により、事故当事者のそれぞれが相手方に対して不法行為請求権を有することを、交叉的不法行為といいます。この交叉的不法行為の場合に相殺が許されるか否かについて、最判昭和49年6月28日判タ311号140頁は、相殺は許されないと判示しました。
2で述べたとおり、民法改正により、物損に関する損害賠償請求権を受働債権とする相殺は認められることとなったため、民法改正後は、物損に関する交叉的不法行為の場合に相殺が許されることとなります。
そこで、民法改正後に、人身に関する交叉的不法行為の場合に相殺が許されるか否かが問題となります。
この点、法制審議会民法(債権関係)部会幹事であった潮見佳男教授の著書において、民法改正後に、交叉的不法行為の場合に相殺が許されるか否かについては、解釈に委ねられていると記載されています。
「改正前民法509条をめぐっては、同条の相殺禁止がいわゆる交叉的不法行為にも妥当するのかをめぐって学説・判例上の議論があるが、この問題に関しては、解釈にゆだねられている。」
(「民法(債権関係)改正法案の概要」(一般社団法人 金融財政事情研究会発行、平成27年、潮見佳男著)第176頁)
ここで、不法行為の場合に相殺を禁止する趣旨の1つは、不法行為の被害者が相殺を目的として新たに不法行為をすることを誘発すること防止する
点にあります。交叉的不法行為の場合、当該不法行為によりお互いが当該不法行為に基づく債権債務を負っているため、相殺を目的として新たに不法行為を行う必要性はありません。そのため、上記の相殺を禁止する趣旨が該当せず、この点を重視すれば、交叉的不法行為の場合は相殺が許されると解する余地はあります。
ただ、改正民法は、人の生命又は身体の侵害による損害賠償の債務の場合は相殺が許されないと規定しています(509条)。人身に関する交叉的不法行為の場合であっても、人の生命又は身体の侵害による損害賠償債務には該当します。そのため、本条の条文だけを見るのであれば、人身に関する交叉的不法行為の場合は相殺が許されないと解釈することになろうかと思います。
いずれにしろ、民法改正後に人身に関する交叉的不法行為の場合に相殺が許されるか否かについては、今後の解釈に委ねられることとなります。
人身の損害賠償請求権であっても、「他人から譲り受けた」損害賠償請求権を受働債権とする相殺は許されることとなります(509条但書)。相殺を禁止する趣旨の1つは、被害者に対して現実の支払いを受けさせるという被害者保護にあります。人身の損害賠償請求権であっても、他人から取得した場合、当該取得者は実際に受傷した者ではないため、必ずしも当該取得者に対して現実の支払いを受けさせる必要はないといえます。このような考え方から、人身の損害賠償請求権であっても、「他人から譲り受けた」損害賠償請求権を受働債権とする相殺は許されることとなりました。
ここで、相手方保険会社が保険代位により当方に対する損害賠償請求権を取得した場合(保険法25条)、相殺をすることが許されるかについては現時点では明らかではありません。条文の「譲り受けた」場合とは、一般的には債権譲渡の場合を示しており、保険代位により取得する場合を示していないともいえそうです。
しかしながら、被害者に現実の支払いを受けさせるという被害者保護の趣旨が妥当しないのは、債権譲渡により請求権を取得した場合も保険代位により請求権を取得した場合も異ならないといえます。そのため、この点を重視すれば、保険代位の場合にも相殺が許されると解釈する余地はあると言えます。