従来の民法では、不動産の売買に関して、土地や建物それ自体が損傷していたり強度が足りないというような物理的な欠陥がある場合に、売主の責任が認められていました。
すなわち、従来の民法では、民法570条が、売買の目的物に隠れた「瑕疵」があるときに、損害賠償請求や解除等の売主の責任を認めると規定しています。「瑕疵」とは、「その物が本来備えるべき性状」を備えていないことを意味するとされており、一般的には、建物それ自体が損傷している場合や強度が足りない場合など、不動産自体に物理的な欠陥があることと考えられていました。そのため、不動産自体に物理的な欠陥がある場合に売主の責任が認められていました。
例えば、土壌が汚染されている場合、除染しなければ使用することができないため、土地が損傷しているといえます。そのため、物理的な欠陥があるといえます。また、壁面に亀裂が生じている場合や柱の数が足りない場合、建物の強度が足りないといえ、物理的な欠陥があるといえます。このような場合、不動産自体に物理的な欠陥があるといえるため、売主の責任が認められていました。
このように、従来の民法では、不動産に物理的な欠陥があるといえる場合に売主の責任が認められていました。
土地や建物それ自体が損傷しておらず物理的な欠陥がない場合であっても、売主の責任を認めないことが相当でない場合があります。
例えば、「十分な眺望を確保することができる建物に居住する」目的で、高層マンションを売買契約した場合を考えてみます。当該建物には物理的な欠陥はないものの、契約後に、当該建物の前に第三者が別の建物を建築したことによって十分な眺望を確保することができなくなったとします。また、売主は、第三者が上記の計画を有していることを知っていたにも拘らず、そのことを契約前に買主に告げず、当該建物を眺望が良いことをアピールして売りに出していたとします。この場合、建物それ自体が損傷しているとはいえず、不動産に物理的な欠陥があるとはいえません。そのため、従来の民法では売主の責任が認められませんでした。
しかしながら、将来的に眺望を確保することができなくなることを知っておきながら、眺望が良いことをアピールした売主は、十分な眺望を確保することができないことに対する責任を負うべきといえます。
このように、不動産に物理的な欠陥がない場合でも、売主の責任を認めないことが相当でない場合があります。
そこで、改正後の民法は、契約の内容に適合していない場合に売主の責任を認めることとしました。
すなわち、改正後の民法では、「瑕疵」という、物理的な欠陥があるか否かという観点ではなく、「契約の内容に適合」(改正民法562条)しているか否かという観点により売主の責任を判断することとなりました。契約の内容とは、契約の目的、不動産の状態、売主の責任の範囲など、契約をした際に予定されている性質や事柄をいいます。
2の事例において、十分な眺望を確保することができる建物であることが契約の内容である場合、当該建物において十分な眺望を確保することができなければ、契約の内容に適合していないこととなります。そのため、不動産に物理的な欠陥がなくとも、売主の責任が認められることとなります。
他方、十分な眺望を確保することができる建物であることが契約の内容でない場合、当該建物において十分な眺望を確保することができなくとも、契約の内容に適合していないとはいえません。そのため、売主の責任が認められないこととなります。
このように、改正後の民法では、契約の内容に適合していない場合に売主の責任が認められることとなったのです。
民法改正後においては、協議の結果を契約書に記載するなどして契約の内容を明確にしないと、売主の責任が不明確になるといえます。その結果、売主が思わぬ責任を負わされる可能性があります。
すなわち、従来の民法では、不動産に物理的な欠陥があるかどうかという観点により売主の責任を判断していました。物理的な欠陥があるかどうかは、調査をして調査結果を数値化することによって客観的に確認することができます。また、壁面や柱の状態を見ることによって外形的に確認することができます。これらは、客観的、外形的に確認することができる事柄であるため、契約書にその内容を記載しなくとも、明確に判断することができます。したがって、売主の責任について後日紛争になった際に、物理的な欠陥があるか否か、すなわち売主の責任があるか否かを明確に判断することができるといえます。
他方、民法改正後は、契約の内容に適合しているか否かという観点で売主の責任を判断することとなります。契約の内容としては、契約の目的、不動産の状態、売主の責任の範囲等が考えられます。契約の目的が何であるか、不動産がいかなる状態であるべきか、売主がどのような責任を負うかについては、売主と買主との協議の結果によって決まる事柄です。協議は、言葉という形を伴わないものに基づいて行われます。また、協議によって合意することができなかった事柄もあるため、協議をしたからといって協議をした内容が当然に契約の内容になるものではありません。そのため、契約書に記載するなどして、契約の内容を明確にしないと、契約の内容を客観的、外形的に確認することができず、売主の責任が不明確となります。
例えば、十分な眺望を確保することができる建物であることが契約の内容となったか否かは、客観的、外形的に確認することができず、契約書に協議の結果を記載しないと明確でないといえます。眺望を主要な目的として契約をするものであることや、他のマンションの建築計画が周辺にないことまでを調査したのか等について契約書に記載していないと、契約の目的や契約をする際の前提が判然とせず、契約の内容が明確になりません。その結果、売主の責任が不明確となります。
売主の責任が不明確となると、契約をした際には想定していなかった事項が契約の内容であるとされ、思わぬ責任を売主が負う可能性が生じます。そのため、民法改正後は、契約の内容を明確にする必要があります。
このように、民法改正により、今後は、契約の内容を明確にしないと売主の責任が不明確となり、売主が思わぬ責任を負わされる可能性があります。
民法改正後に作成すべき契約書の一案に関し、以下に、従来の契約書に追記した事項及び特約条項について説明します。
民法改正後は、契約の内容を明確にしないと売主の責任が不明確となるため、契約の内容を明確にする必要があります。従来の契約書には、契約の目的が必ずしも記載されていませんでしたが、民法改正後は契約書に契約の目的を記載することが重要です。
「(売買の目的)
第★条 甲乙は、甲が本件不動産を甲の居住目的で購入したことを確認する。」
契約の目的とは、何のためにこの契約を締結するのか、契約により何を実現しようとするのかという、契約により最終的に実現しようとする事柄です。このように、契約の目的は、契約することを動機付けるものであり、最終的な到達点を示すものです。そのため、契約の目的は契約において根源的なものであり、重要なものといえます。
ここで、契約の目的は、客観的、外形的なものではなく、契約の動機や到達点という、いわば目に見えないものです。目に見えないものであるため、客観的、外形的に確認することができず、契約の目的を契約書に詳細に記載するなどして明確にしないと、契約の内容も不明確となります。
例えば、富士山を見ることができる建物において居住する目的で建物の契約をする場合を考えてみます。上記目的を達成するために契約をするため、富士山を見ることができる眺望が確保された建物であることや、眺望に関して売主が責任を負うことが契約の内容となる場合が多いといえます。そのため、契約の目的を明確にすることにより、契約の内容を明確にすることができます。
上記の事柄が契約の内容となることにより、周囲に高層マンションを建設するという情報が入った際にそのことを買主に伝えなかったなどの事情があった場合、売主の責任を請求されるおそれが高くなります。
以上のとおり、民法改正後は、契約の内容を明確にするために、契約書に契約の目的を記載することが重要です。
民法改正後は、不動産の状態について調査をした内容を契約書に記載すべきです。そうすることによって不動産の状態をより明確にすることができます。以下では、建物の状態に関して調査を実施したこと、及び調査した結果の記載例を説明します。
「2項 本件建物
(1)買主は、本件建物に関し、重要事項説明書添付の調査及び添付の調査報告書の調査を実施したことを確認した。
(2)買主は、本件建物に、添付の調査報告書の損傷が生じていることを確認した。」
従来の民法と異なり、民法改正後は、契約の内容に適合していない場合に売主が責任を負うこととなります。建物について、建物の破損という、従来の民法において売主の責任が問われた物理的な欠陥に関する事柄のみならず、壁紙や柱が古くなっているといった建物の状態も契約の内容となり得ます。
ここで、建物には個性があるため、汚損の程度や経年劣化などの建物の状態は建物によって異なります。そのため、建物の状態を客観的、外形的に確認することができるよう、契約書に記載するなどして明確にしておかないと、建物の状態が不明確となります。その結果、契約の内容も不明確になるといえます。
そのため、契約書に詳細に記載することにより、建物の状態を明確にすべきです。
建物の状態を明確にするためには、まずは建物の状態が具体的にどのような状態であるかを確認する必要があります。そのためには、建物の状態を調査することによって、建物の汚損、自然損耗の程度等を明確にする必要があります。その上で、調査した内容を契約書に記載することによって、建物の状態を明確にすることができます。
従来の契約書には、建物の状態について、「現状有姿」で引渡せば良い旨が記載されているにすぎないことが多くありました。「現状有姿」とは、現在あるがままの状態という意味です。しかしながら、建物の状態は建物によって異なるため、従来のように「現状有姿」と記載したのみでは、建物の具体的な状態が明らかとならず、建物の状態が明確になりません。上記のとおり、当該建物の汚損、自然損耗の程度等を明確にすることによって、建物の状態が明確になります。
このように、民法改正後は、調査をした内容を契約書に記載することによって、不動産の状態を明確にすべきといえます。
調査をした内容を記載する際には、極力写真を用いて、写真を撮影した部分の内容を説明するべきです。そうすることにより建物の状態をより明確にすることができます。
民法改正後は、契約の内容に適合するか否かという明確でない基準で売主の責任を判断されることとなるため、思いもよらない売主の責任を追及されかねません。そのため、建物の状態においても、極力明確にすべきです。そこで、文章よりも、より明確になる写真を利用し、建物の状態を明確にすべきです。写真を利用した場合、その写真を確認することにより、建物の状態をより明確にすることができます。そのため、建物の状態を撮影した写真を契約書や調査報告書に添付することにより、建物の状態を明確にすべきといえます。
更に、写真を撮影することにより当該建物の状態を明確にすることができるものの、撮影した場所や当該建物の状態が契約の内容となっているか否かについては、写真のみでは必ずしも明確であるとはいえません。そこで、調査をした内容を記載する際には、写真を添付するのみではなく、撮影した場所を記載することや、撮影した部分の状態を言葉でも説明することで、建物の状態をより明確にすべきです。
例えば、建物の壁に隙間が見られる場合、調査報告書に、その状態を撮影した写真を掲載するにとどまらず、「玄関の壁には隙間がある」と記載するとします。上記記載をすることにより、撮影場所が玄関の壁であることが明確になります。また、壁に隙間がある建物であることが明確となり、そのことが契約の内容となっていることがより明確になります。
このように、調査報告書等に調査をした内容を記載する際には、写真を用いるのみではなく、写真を撮影した部分の内容を説明すべきです。
調査報告書等に調査をした内容を記載する際には、建物の実際の状況に合致した内容を記載すべきです。
前述のとおり、写真や写真の内容を説明することにより、建物の状態をより明確にすることができます。写真の内容を説明するのは、建物の状態をより明確にするためなので、説明すべき内容は、実際の建物の状況に合致した内容にすべきです。建物の実際の状況に合致しない内容を記載した場合、写真で撮影されている状況と写真に対する説明の内容とが一致せず、かえって契約の内容が分かりにくくなります。
例えば、調査報告書の写真には程度が大きな損傷が撮影されているにも拘らず、「小さい傷が見られる」という内容を記載した場合、かえって建物がどのような状態であるかが判然としません。その結果、契約の内容も不明確となります。そのため、建物の実際の状況に合致した内容を記載すべきといえます。
このように、調査をした内容を記載する際には、建物の実際の状況に合致した内容を記載すべきです。
民法改正後は、不動産自体の状態のみならず、不動産に関する事情も契約書により明確に記載すべきです。そうすることによって契約の内容をより明確にすることができます。
不動産に関する事情とは、不動産に関連した事件や不動産の周辺の環境状況等という、不動産に関する事柄や不動産の周辺の事情をいいます。従来の民法と異なり、民法改正後は、契約の内容に適合していない場合に売主が責任を負うこととなります。民法改正後は、土地、建物そのものの状態のみならず、不動産に関連した事件があるか否か、不動産の周辺の環境状況など、不動産に関する事情も契約の内容となり得ます。そのため、契約書に詳細に記載することにより、不動産に関する事情を明確にすべきです。そうすることによって、契約の内容がより明確になります。
例えば、民法改正後は、当該不動産において亡くなった方の有無や当該不動産の周辺の騒音が大きいこと、不動産の近隣関係のトラブルの有無などの不動産に関する事情も、契約の内容となり得ます。そのため、この場合、上記事情に関する調査をした上で、その結果を契約書に記載することによって、不動産に関する事情を明確にすべきといえます。
以下は、不動産において、調査報告書の内容通りの事件が発生したことに関する記載例です。
「第2条 本件不動産に関する事情
買主は、本件不動産に関し、以下の事項を確認し、以下の事項が契約の内容に適合するものであることを容認した上で、本件契約を締結した。
1項 心理的瑕疵について
本件不動産敷地内において、添付の報告書記載のとおり、事件が発生したこと」
前述のとおり、民法改正後は、不動産に関連した事件があるか否かも契約の内容となり得ます。そこで、特約では、不動産に関連した事件について、調査内容、調査対象者、調査実施日、調査の結果を記載した上で、上記事情があることも契約の内容に適合していることを記載しました。このように記載することにより、不動産に関連した事件を明確にすることができ、契約後に、買主からそのような事情を知らなかったなどと言われるリスクを避けることができます。
このように、当該不動産に関連した事件について明確にすべきといえます。
以下は、不動産において、調査報告書の内容通りの近隣関係のトラブルが発生したことに関する記載例です。
「第2条 本件不動産に関する事情
買主は、本件不動産に関し、以下の事項を確認し、以下の事項が契約の内容に適合するものであることを容認した上で、本件契約を締結した。
2項 近隣関係について
本件不動産周辺において、添付の報告書記載のとおり、近隣関係のトラブルが発生したこと」
前述のとおり、民法改正後は、不動産における近隣トラブルの有無も契約の内容となり得ます。そこで、特約では、不動産における近隣トラブルについて、調査内容、調査対象者、調査実施日、調査の結果を記載した上で、上記事情があることも契約の内容に適合することを記載しました。このように記載することにより、不動産における近隣関係のトラブルを明確にすることができ、契約後に、買主からそのような事情を知らなかったなどと言われるリスクを避けることができます。
このように、当該不動産における近隣関係のトラブルを明確にすべきといえます。
以上より、民法改正後は、不動産に関する事情を、契約書により明確に記載すべきといえます。
民法改正後は、物理的・金銭的制約により調査によって明確にすることができない自然損耗、経年変化等に関する責任についても、契約書に記載すべきです。そうすることによって、契約の内容をより明確にすることができます。
建物には、天井裏や柱の内部など物理的に調査をすることが難しい場所があります。また、建物の調査をする際には一定の費用を要するため、金銭面の制約もあります。
そのため、調査によって建物の全ての状態を明確にすることは困難です。
調査によって明確にすることができない自然損耗、経年変化等に関する責任について、契約書に記載しない場合、契約の内容が明確になりません。その結果、契約に適合していないとして解除や損害賠償請求等がされることにより、自然損耗、経年変化等に関しても売主が責任を負わされる可能性があります。
そこで、調査報告書に記載されていない建物部分に関しても、自然損耗や経年変化が生じている可能性があることを明記した上で、そのことが契約の内容に適合していることを明記して、売主が責任を負わないことを明確にすることが重要です。
「第3条 本件建物
買主は、添付の調査報告書の事項及び添付の調査報告書の事項以外にも、本件建物に自然損耗ないし経年変化が生じていること及び生じている可能性があることを確認し、上記の事項が契約の内容に適合するものであることを容認した上で、本件契約を締結した。」
上記のような事項を契約書に記載することにより、調査によって明確にすることができない自然損耗、経年変化等に関する責任についても明確にすることができ、想定外の責任を売主が負うリスクを減らすことができます。
このように、調査によって明確にすることができない自然損耗、経年変化等に関する責任についても記載することによって、契約の内容をより明確にすべきといえます。
民法改正後は、契約書で記載した事項に関して、契約の内容に適合していることを記載し、売主が責任を負わないことを記載すべきです。
従前に述べたとおり、改正後の民法により、売主の責任が認められる場合が広がったといえます。そのため、今後は、将来的に売主の責任が争われるリスクを軽減するために、「契約の内容」を明確化することで、売主の責任の範囲を明確化することがより重要となります。
以下は、特約で記載した不動産の状態や不動産に関する事情が契約の内容に適合することを明確化した上で、当該事項に関し買主が売主に対して一切の法的措置をなし得ないことを明記する記載例です。
「第4条 請求権の放棄
買主は、第1条ないし第3条の事項が、契約の内容に適合するものであることを容認し、(中略)一切の法的措置をなし得ないものとする。」
上記のような事項を契約書に記載することにより、契約書で記載した事項が契約の内容に適合していることを明確にすることができ、想定外の責任を売主が負うリスクを減らすことができます。
このように、契約書で記載した事項に関して売主が責任を負わないことを記載すべきといえます。
契約書で記載していない事項に関して一切の責任を負わない、という包括的な請求権の放棄条項が盛り込まれている契約書があります。当該条項を盛り込むか否かについては、当該条項が無効となる可能性があることも考慮して慎重に検討すべきです。
契約の内容については、可能な限り契約書に記載することにより明確にすることが望ましいですが、全ての事項を記載することができる訳ではありません。そのため、契約書に記載していない事項に関しての売主の責任をどのように記載すべきであるかという問題が生じます。
ここで、売主の責任を最も小さくする方法として、契約書に記載されていない事項に関しては売主が一切の責任を負わないとする、いわば包括的な請求権の放棄条項を盛り込むことが考えられます。
ただ、消費者契約法10条は、民法等の任意規定を適用する場合に比べて、消費者の権利を制限し又は消費者の義務を加重する条項であって、信義則に反して消費者の利益を一方的に害する条項は無効となる旨を規定しています。
「消費者契約法10条
(消費者の利益を一方的に害する条項の無効)
消費者の不作為をもって(中略)その他の法令中の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比して消費者の権利を制限し又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって、民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものは、無効とする」
民法の規定では、契約書で記載していない事項に関する買主の全ての請求権を放棄されているとは解されないため、包括的な請求権の放棄条項は、信義則に反する程、消費者の利益を一方的に害する条項であるとして、消費者契約法が適用される契約の場合、10条により、当該条項が無効とされるリスクがあります。
このように、契約書で記載していない事項に関する包括的な請求権の放棄条項を盛り込むか否かについては、当該条項が無効となる可能性があることも考慮して慎重に検討すべきといえます。 以 上