今回の民法改正では、事業に関する債務について、個人が保証人になろうとする場合に、事業者の説明義務や契約締結方法の厳格化などの制度が規定されるとなりました。
これは、個人が保証契約を締結する際、保証債務を負うことによる経済的負担の程度やリスクについて十分に理解することなく安易に保証人となり、現実に保証債務の履行を請求されたときに思わぬ経済的負担を課され、トラブルとなることを防ぐためのものです。
具体的には、以下のとおりの規制内容となります。
改正民法では、「事業のために負担する債務」を主債務とする保証契約(事業のために負担する債務を含む根保証契約も同じ)を個人に委託するときには、委託を受ける者に対し、主債務者の財産の状況等について情報提供をする必要があります(改正民法465条の10)。
ここで言う「事業のために負担する債務」とは、銀行からの借り入れ等の貸金返還債務のみに留まらず、情報提供義務が買掛金、事務所や店舗などの家賃、外注費など、事業を行うにあたって発生する一切の債務について生じことを指します。
また、主債務者は会社・個人事業主を問わず、委託を受ける個人についても特に限定はありません。
事業のために負担する債務を主債務として、個人に保証契約を委託(依頼)しようとする場合には、一律に本規定の適用があります。
本規定により主債務者が保証契約を委託する個人に対し開示しなければならない情報とは、以下の三点となります。
① 財産及び収支の状況(改正民法465条の10第1項1号)
事業主がどのような財産を保有しているのか、また収支の状況がどのような状況なのか、情報提供を行う必要があります。
② 主たる債務以外に負担している債務の有無並びにその額及び履行状況(同2号)
事業主が負担する他の債務(他の借入等)について、債務額や支払い状況について情報提供を行う必要があります。
③ 担保として他に提供し、提供しようとするものがあるときは、その旨及びその内容
保証契約をする主債務について、委託する保証契約以外に「担保として他に提供」するものがあれば、その内容について情報提供を行う必要があるというものです。「担保として他に提供」するものとは、例えば委託した保証人以外にも保証人を付けることや、土地や建物に抵当権を設定することを指すものです。
このような情報提供義務に反し、主債務者が保証人に情報を提供しなかったり事実と異なる情報提供を行ったりした結果、誤って保証人が保証契約を締結してしまった場合、情報提供義務違反について債権者に過失があるときには、保証人は保証契約を取り消すことができることになります(改正民法465条の10第2項)。
保証契約関係では、元となる債務(主債務)を負っている「主債務者」、元となる債務の弁済を受ける権利を有する「債権者」、主債務の履行を保証する債務を負っている「保証人」の三者が存在します。
今回の規定で対象となる保証契約関係で、中小企業が置かれる立ち位置としては、主債務者としての地位と債権者としての地位の二通りが考えられます。
主債務者の地位となる場合とは、銀行からの借入を行う(消費貸借契約)際に保証人を立てる場合、事務所や店舗を借りる(賃貸借契約)際に保証人を立てる場合などが考えられます。
債権者の地位となる場合とは、不動産を事業者に貸す(賃貸借契約)際に保証人を取る場合などが考えられます。なお、今回の規定で情報提供義務が発生する保証契約関係は、あくまで主債務が「事業のために負担する債務」に限られますので、事業を営まない個人に対する債務(居住用不動産賃貸や、割賦販売で商品を売る場合など)を主債務として保証契約を結ぶ場合は、本規定による情報提供義務の対象外となります。
これを前提として、本規定による実務上の注意点について検討していきます。
今回規定される情報提供義務は、主債務の内容や金額の多寡にかかわらず、保証人を委託する場合には一律情報提供義務が課せられます。
主債務者の地位になる場合、保証人に対し収支状況等について開示することになりますが、この情報は、会社の信用情報や取引関係に関する情報等、会社にとって重要かつ秘匿性の高い情報が含まれることが考えられます。会社の事業に関係ない第三者にこのような情報を開示することは、事業主としてはかなり抵抗があるところではないでしょうか。
そのため、今後保証人を委託する際には、些細な債務に関する保証人であったとしても、収支状況等の情報について開示しても差支えがない人物を選ぶ必要があるといえます。
今回規定される情報提供義務は、事業を行うにあたって発生する一切の債務について、個人に保証人を依頼する場合には一律義務が課されることになります。
そのため、銀行からの借入を保証する場合などの典型的な保証人だけでなく、例えば事務所や店舗を借りる際に保証人を立てる場合など、広い範囲で情報提供義務が発生することになりますので、この点も注意が必要になります。
また改正民法は、情報提供の内容については「財産及び収支の状況」や「主たる債務以外に負担している債務の有無並びにその額及び履行状況」と規定しているものの、どの程度まで詳細に説明をしなければならないかという点について具体的な基準を設けておりません。そのため、説明の程度はもちろん、提示する資料についても、貸借対照表や損益計算書の提示のみで足りるのか、より詳細な税務資料の類まで開示しなければならないのかなど、具体的にどのような説明を求められるのかという点は、条文のみでは不明確な状態です。
このように、求められる情報提供の程度については、条文上明示されているものではないため、今後の議論によって定まっていくものと思われます。
ただし、情報提供義務違反の効果は保証債務の取消ですので、情報提供義務違反によって直接的に不利益を被るのは、保証債務が取り消されてしまう立場にある債権者ということになります。
債権者からすると、主債務者が保証人に適切な情報提供を行わなかったことについて、情報提供の当事者ではない自分が不利益を被るということになるわけです。そのため、主債務者から保証人に適切な情報提供がなされることは、債権者にとって重要な関心事となります。
一方、保証契約が取り消されるためには、保証人に対する適切な情報提供が行われなかったことについて、債権者に過失があることが要件とされています(改正民法465条の10第2項)。
そして、債権者すら知らなかった主債務者の情報について、主債務者が保証人に情報提供を行っていなかったとしても、そもそも債権者自身が情報を知らなかったわけですから、この点について保証人が知らなかったことについて債権者に過失があると認定される可能性は極めて低いといえます。
そうすると、債権者にとっては、自身が主債務者から提供を受けた情報と同程度の情報が保証人に渡っていれば、保証契約が取り消される可能性は極めて低いと考えても良いのではないでしょうか。
逆に、債権者が受領した情報と保証人が受領した情報との間に差がある場合には、かかる情報の差によって保証契約が取り消されるリスクが生じるかどうか、債権者のみが受領している情報の内容を個別に検討して判断を行う必要があるものと思われます。
改正後民法では、事業のために負担した貸金等について個人が保証をする場合、保証契約が有効となる条件として、公正証書により保証人となる意思が明確化されることが求められます(改正民法465条の6)。
本規定が対象としているのは、主債務が「事業のために負担した『貸金等債務』」である場合において、これを保証する場合となります。
そして、「貸金等債務」とは、改正前民法に既において定義づけられている用語であり、金融機関等からの借り入れなどの「金銭の貸渡しによって負担する債務」と、金融機関などから手形割引で金員の融通を受けた場合の「手形の割引を受けることによって負担する債務」の2種類の債務を指します(改正前民法465条の2)。
逆に言えば、この2種類に当てはまらない債務は本規定の対象とはなりません。例えば、会社が事務所を借りた場合における連帯保証人は、主債務が賃貸借契約に基づく債務であり「貸金等債務」ではないので、本規定の適用範囲外ということになります。
この点において、本規定と同様改正民法で新設された保証人に対する情報提供義務(改正民法465条の10)よりも適用範囲が限定されることになりますので、注意が必要です。
本規定は、事業について十分理解をしていない人物が保証人となり、リスクについて把握しないまま安易に保証人となることを防止するための制度です。
一方、事業の経営者であれば当該事業内容について理解しているため、当該事業について保証人となるリスクについて十分理解できるため、わざわざ公正証書での意思確認を求める必要性がありません。そこで、事業の経営者が保証人となる場合には、今回の適用対象からは外れることとなっています。
ここでいう「経営者」と認められる関係に立つ人物とは、具体的には以下のとおりです。
① 法人の経営役員(改正民法465の9第1号)
株式会社の取締役(代表取締役でない取締役を含みます)、委員会設置会社における執行役、社団法人の理事など、法律上経営の主体となる役員がこれに当たります。
なお、監査役は法律上の役員ではありますが、経営の主体ではないことから本規定の「経営者」に当たりません。また、企業によっては取締役の下に「執行役員」というポストを設置している会社がありますが、これは法律上役員には該当しないので、本規定の「経営者」には当たりません。
② 法人の議決権の過半数を有する者(改正民法465の9第2号)
会社の過半数株主や、親会社の過半数株主などがこれに該当します
(改正民法465の9第3号)
個人事業主が主債務者となる場合には、①共同事業者と②「主たる債務者が行う事業に現に従事している債務者の配偶者」が適用対象外となります。
「主たる債務者が行う事業に現に従事している債務者の配偶者」について、どの程度の事業従事者性が求められているかは条文上明らかではありません。
共同事業者と実質的に同視できる程度に事業に従事している必要があるとの指摘もありますが、そうすると共同事業者とは別に「主たる債務者が行う事業に現に従事している債務者の配偶者」を規定した意味がなくなるため、そのような解釈ができるのかは疑問の残るところです。一方で、名前だけは従業員名簿に載っているが実質的にはほとんど事業に関わっていないような配偶者まで含めてしまっても良いかは悩ましいところであり、この点の基準については今後の解釈に委ねられることになります。
上記のとおり本規定の対象は保証人の属性によって限定がありますが、主債務者の属性による限定は特にありません。主債務が事業のために負担した貸金等債務であれば、主債務者が法人(会社)・個人事業主であるかを問いません。
以上の内容をまとめると、今回の改正で対象となる場合は、以下のチャート図のとおりとなります。
本規程は、経営者以外の個人が事業に係る債務を主債務として保証をする場合に、おいては、「契約に先立ち、その締結の日前1か月以内に作成された公正証書で保証人になろうとする者が保証債務を履行する意思を表示」しなければならないとされています。(改正民法265条の6第1項)。
すなわち本規程は、保証人となって保証債務を負担することについて、保証債務の内容を理解して契約をすることにつき公正証書をもって明らかにさせるというものです。このような公正証書を作成させることによって、保証人に保証債務の内容を理解させ、そのリスクについて十分に理解して保証契約が締結されることを担保させ、十分に内容を理解せずに個人が安易に保証人となることを防止する本規定の目的といえます。
なお、公正証書を要求されているのは保証債務の履行意思です。保証契約自体を公正証書で作成する必要はありません。
また改正民法は、公正証書においてどのような内容を記載しなければならないかという点についても規定をしております(改正民法465条の6第2項)。具体的には、主契約の債権債務者、主債務の元本、利息、違約金遅延損害金等の内容と、これらの金額を保証人として全額負担する意思などを表示する必要があります。
これらの内容について保証人が口頭で公証人に説明をしなければならないのですが、個人である保証人に漏れなく内容を説明させることは容易なことではないものと思われ、ある程度の促しや誘導が必要となるものと思われます。この点において公正証書作成の実務上どのような手続で書類作成がなされるのか、本規定の具体的運用方法が注目されるところです。
以上のとおり、今回の民法改正により、事業に関する債務を保証する保証人に対し、主債務者である事業主は情報提供を行わなければならず、また特定の債務についての保証をする場合には事前に公正証書で保証の意思を明確化させなければならなくなります。
このような法改正により、今後会社の債務の保証人を依頼する人物には会社の財務状況を情報提供しなければならず、また保証人に対して万一会社が債務履行できなくなった場合の保証人の負担について十分な説明を尽くして必要が生じることになります。この点において、保証人を依頼する際の人選にはより慎重にならなければならず、また保証契約時に保証のリスクが強調される結果、保証を引き受けてくれる人物も限られてくることを想定する必要がありそうです。