死因は交通事故?医療過誤?

~診断書の死因の欄の「交通事故」に〇が打たれていない場合~

1.はじめに

依頼者が相談にいらっしゃった経緯

本件は、被害者が自動車事故により受傷後、約1ヶ月後に死亡した事案です。弊事務所は被害者の遺族の代理人として受任しました。受任の際、死亡診断書を確認したところ、死因の欄に通常記載される、交通事故のところの○がありませんでした。そのかわり、「11 その他及び不詳の外因」の欄に〇がありました。
依頼者に伺うと、交通事故に遭い入院中に亡くなった。医師からやむを得ないことだと説明があったとのことでした。依頼者は、病院に対して悪感情を持っていたわけではなく、ただ、交通事故が起きて父が亡くなり、どうしたらいいか不安で相談に来られたとのことです。

誰からも賠償を受けられなくなる可能性が高かったこと

弊事務所でお会いさせていただき、死亡診断書を拝見させていただいた瞬間、「これはあぶない。誰からも賠償を受けられなくなる可能性が高い」と危険を感じ、受任させていただき、各病院等に調査し、相手保険会社と調整し、慎重に対応した結果、無事に賠償を受けることが出来ました。

本稿を提供した想い

もしも、このリスクにいち早く気付かなかったら、また、適切な対応が出来ていなかったら、本当に誰からも賠償を受けられることの無かった事案だと思います。同じように、死亡診断書の死因の欄に通常と異なる記載がされている方への注意喚起を込めて、この記事を作成しました。
相手保険会社の担当者から「賠償します」と言われれば安心してしまい、特に、それ以上、何も注意をしないことが多いのではないでしょうか。交通事故賠償を担当する多くの弁護士の参考になればと思います。
依頼者からも、そのような趣旨であれば是非と、ご了解をいただき、ここに、情報提供させていただくものです。

2.受任の経緯

本件事故状況

依頼者の父は、当時、自転車に乗り、交差点の横断歩道を直進して渡るところでした。その際、並行して直進して交差点で右折してきた自動車と接触しました。左足、肋骨、顎を骨折し、頭に24針も縫う怪我をしましたが、意識はありました。

亡くなられた経緯

医師からは1日2日が山といわれましたが、病院の救急対応を適切にしていただいたおかげで、その山を越えて、家族と普通に会話も出来るようになりました。事故から1週間後、状況が落ち着いたため、顎の手術をすることになりました。手術後経過を観察していたところ、状態が急変し、医師からは「脳死」と告げられました。
依頼者は、大きな事故でもあったのでやむを得ない、病院にはよくやってもらったという思いがありました。他方で、大切な父を失い、葬儀費等の負担もあり、今後、どうなっていくのか不安になったということで、弊事務所にご相談にこられました。

ご不安な想いからご相談に来られたこと

依頼者は、大きな事故でもあったのでやむを得ない、病院にはよくやってもらったという思いがありました。他方で、大切な父を失い、葬儀費等の負担もあり、今後、どうなっていくのか不安になったということで、弊事務所にご相談に来られました。

死亡診断書の記載から、事故との死亡結果との間に相当因果関係が認められるか否かが明らかでないように思われたこと

被害者の死亡診断書を拝見しましたところ、直接死因は「蘇生後脳症」と記載されているものの、「蘇生後脳症」の原因は「不詳」と記載されており、「蘇生後脳症」の傷病経過に影響を及ぼした傷病として、本件事故による「交通外傷」が記載されています。
そのため、死亡診断書の記載からは、本件事故と被害者の死亡結果との間に相当因果関係が認められるか否かが明らかとはいえないように思われました。

同院での不適切な処置が原因であった可能性があったこと

また、被害者は、事故直後にA大学病院に搬送され、死亡時まで同院で入院していたところ、下顎骨骨折観血的整復固定術の手術が実施され、その翌日に心肺停止に至ったとのことです。
「蘇生後脳症」は、心肺停止などにより脳に十分な酸素供給ができなくなったことにより、脳に障害をきたす病態です。あごの手術により当然に心肺停止に至るものではないため、本件事故とは相当因果関係が認められない同院での不適切な処置によって心肺停止となり、そのことにより死亡結果が発生した可能性もあり得るように思われました。

誰からも賠償を受けることができなくなる可能性があったこと

もしも、交通事故の加害者側から、死亡の結果は交通事故によるものではない、医療過誤ないしその他の要因からくるものであるといわれ、かつ、病院からも医療過誤ではないといわれたら、死亡の結果について、誰からも賠償を受けられないことになってしまいます。

慎重な対応が必要であったこと

被害者は、事故から約1か月で亡くなっています。もしも、死亡の結果について賠償を受けられないとすると、1か月の入院についての治療費と慰謝料のみの支払になってしまいます。治療費は医療機関に支払いがなされるものですので、遺族への支払としては、わずか、数十万円の支払いになってしまいます。
そのため、当職は、本件事故と被害者との死亡結果との間に相当因果関係が認められるか否かについて、慎重に対応することといたしました。

3.相手保険会社の悠長な対応

相手保険会社への連絡

早速、相手保険会社に対して受任通知を行いました。


死亡診断書に死因が交通事故以外と印がついているので、死亡と交通事故との因果関係が今後問題となりうる。そこで、病院からの資料を当方にも送ってほしい、病院への医療調査をされたらその資料も拝見したい。自賠責保険に事前認定をする場合には、その前に当方にも連絡してほしい。


この趣旨の書面を相手保険会社に送りました。死亡診断書の死因の記載からして、交通事故との因果関係が問題になります。そこで、慎重な対応を相手保険会社に求めたのです。

相手保険会社は「事故と死亡の因果関係はある」と言ってくれた

これに対する相手保険会社担当者からの回答としては、次のようなものでした。


 「死亡診断書を拝見しましたが、事故と死亡との因果関係はあると思っています。特に病院への調査も必要ないと思っていますし、自賠責保険についての事前認定も不要だと思います。」


これに対して、通常、弁護士としては、相手保険会社の担当者から、因果関係があると言っていただけたと安心し、それでは、刑事記録やカルテなどが届くのを待って、交渉を進めましょうという方針になると思います。
実際、相手保険会社との電話のやり取りをした弊事務所の弁護士も、「相手は事故と死亡との因果関係があるといってくれました。よかったです。」を、私に報告をしました。普通の感想だと思います。弊事務所の担当弁護士は、交通事故案件についてもたくさんの経験を踏んでいます。「よかったです」という感想も、弁護士10人いたら、10人とも同じ感想を持つのではないでしょうか。

事務所内での打合せ

しかしながら、相手保険会社の担当から因果関係があるなどといわれたとしても、そのあと、自賠責保険会社から因果関係なしとされれば、相手保険会社の担当者も、死亡の損害について支払いようがないはずです。
そこで、私は、担当弁護士を叱りつけました。


「よかった、じゃないよ。後から自賠責から否定されれば、全部白紙になるでしょう。ちゃんと、医療調査や事前認定をしっかりやるように、相手担当者を説得しなさい!」

独自に病院に対して調査をすることとした

あらためて、強く、病院についての調査や、自賠責保険の事前認定をきちんと行って、慎重に対応すべきと、相手保険会社の担当者に申し上げました。しかしながら、相手担当者は、そこまでしなくともよいという見方を変えませんでした。
そこで、当方で、独自に調査をして備えようと、依頼者と一緒に、病院に出向いて調査をすることといたしました。

 

4.A大学病院における確認結果

(1)救急科の医師から事情聴取~書面のみのやりとりではなく、直接伺ったこと

まず、死亡診断書を記載した救急科の医師に事情を聴くため、A大学病院に出向きました。A大学病院は、依頼者の住む地域では一番大きい大学病院です。つい弁護士は、いきなり、書面を送りつけたり、弁護士照会をかけたりして、書面で回答をよこせ、と対応しがちなのではないでしょうか。
しかしながら、このケースでは、そのような対応ではなく、まず、きちんと出向いて、何があったのかを教えてほしいと、真摯に依頼をして、話を聞く姿勢を示した方が良いのではないかと思いました。依頼者も、病院の対応に不満があったわけではなく、医療過誤訴訟をしたいのではなく、あくまでも交通事故として賠償を受ければよいという意向でもあったからです。

救急科から医療過誤の可能性も含む話をしていただき、更に慎重な対応が必要と感じたこと

そこで、事前に伺いたいことを書面でお送りした上で、病院に行くのでお話を聞かせてほしいと丁重に依頼をしました。そして、お会いした冒頭に、「あくまでも、医療過誤で訴えたいのではない。交通事故の因果関係が認められればそれでよい。あくまでも、本当に何があったのかを依頼者に教えてあげてほしい」と依頼者と共にお願いをしました。
面会に応じて下さった医師は、当初は警戒されていらっしゃった様子ですが、誠意を感じてもらえたのか、段々、ざっくばらんにお話しいただけるようになりました。
当初はICUに入って、救急科としては、慎重に対応した。落ち着いた状態になったので、顎等の治療をするために、口腔外科に回した。顎の手術後、容体が急変し、また、救急科に戻ってきた。救急科の対応としては、全く問題ない。口腔外科の対応はわからないので、口腔外科に聞いてほしい。
当初は、このような回答でしたが、段々、心を開いていただいて、お話しいただくことができました。
落ち着いた状況になったからICUを出て、口腔外科に回したものであり、状況が急変するような不安定な状況であれば、ICUから出られるものではない。落ち着いた状況から急変するというのは、何かがあったのかもしれない。
何かがあったかもしれないという、医療過誤の可能性も含む話をしていただき、更に、より慎重な対応が必要と感じました。

医師との面談

 面会に応じて下さった医師は、当初は警戒されていらっしゃった様子ですが、誠意を感じてもらえたのか、段々、ざっくばらんにお話しいただけるようになりました。


当初はICUに入って、救急科としては、慎重に対応した。落ち着いた状態になったので、顎等の治療をするために、口腔外科に回した。顎の手術後、容体が急変し、また、救急科に戻ってきた。救急科の対応としては、全く問題ない。口腔外科の対応はわからないので、口腔外科に聞いてほしい。


当初は、このような回答でしたが、段々、心を開いていただいて、お話しいただくことができました。


落ち着いた状況になったからICUを出て、口腔外科に回したものであり、状況が急変するような不安定な状況であれば、ICUから出られるものではない。落ち着いた状況から急変するというのは、何かがあったのかもしれない。


何かがあったかもしれないという、医療過誤の可能性も含む話をしていただき、更に、より慎重な対応が必要と感じました。

(2)口腔外科の医師から事情聴取

口腔外科による医療過誤訴訟のリスクを踏まえた対応

救急科から事情聴取した内容を踏まえて、口腔外科にも書面を出し、あらためて伺いたく、お話を聞かせてほしいという連絡をしました。
A大学病院の口腔外科に伺うと、若い医師と、口腔外科部長、そして、事務局総務部副部長の方とお話を伺うことが出来ました。
顎の手術や術後の対応をされたのは、この若い医師でした。若い医師は、心なしか震えている様子でした。担当科の責任者と事務局の上層部の方が同席されており、明らかに医療過誤訴訟のリスクを踏まえての、病院の慎重な対応をされている様子が窺えました。

当方の対応による口腔外科の対応の変化

 ここでも、丁寧な言葉遣いを心がけ、冒頭に、医療過誤で訴えたいのではなく、交通事故の因果関係が認められればそれでよいのであり、本当に何があったのかを依頼者に教えてほしいと、依頼者と共にお願いをしました。
病院からは、この件で会議を何度も開き、原因究明を行ったこと、その上で、やはり、このようなことはあり得ることであり、やむを得ないことであったということを、当方が丁寧な対応をしたからか、病院からも、非常に丁寧に説明をしていただきました。

口腔外科による説明

死因は、顎の手術後、ベッドで就寝中、痰がのどに詰まり、呼吸困難になり心肺停止したというものでした。顎の手術に問題があったわけでもなく、術後の観察としても、ICUといったところとは異なり、大部屋なので、一人につきっきりで、痰が詰まるかどうかを見ていることも出来ないというものでした。
病院の誠意も感じられ、また、確かにつきっきりで見ていることも難しかろうと、説明には、一応、納得感もありました。
ただ、今後、交通事故で因果関係が否定されれば、交通事故の加害者とA病院を異時共同不法行為で両者を訴えるということになるだろうと、そして、その訴えは認められるのであろうか、非常に困難な道のりになるだろうと感じました。

5.調査結果を相手保険会社に伝えたものの、対応が変わらなかったこと

その後、この病院の調査結果を伝えたところ、それでも、相手保険会社は、医療調査をする必要もなければ、自賠責保険の事前認定も不要という考えを改めませんでした。
ただ、警察の刑事記録などが届かないと賠償交渉が進まないということで、半年以上、相手からの賠償案は出てこない状況でした。

6.事前認定を行う

事故から1年経ったのちに相手方保険会社が自賠責保険の事前認定を開始したこと

刑事記録も整い、賠償案を提示してもらうことになりました。その際、相手保険会社の担当者は、その上司から、やはり、自賠責の事前認定を行うべきということをいわれたようで、事故から1年近くたったのちに、ようやく、相手保険会社は医療調査を行い、自賠責保険の事前認定を行いました。
そして、案の定、事前認定の結果は、死亡との間の因果関係を否定するという内容でした。

事前認定の結果が、懸念したとおり事故と死因との間の因果関係を否定する内容であったこと

相手保険会社の担当者は、血相を変えて、弊事務所に来て、その結果を伝えつつ、深く謝られました。


「今までの対応は本当にすみませんでした。全部、先生のおっしゃるとおりでした。事前認定で因果関係が否定されたので、このままでは、これ以上何も払えません。すみません。」


既に、葬儀費用として60万円を内払していただいていたので、もしも、死亡との因果関係がないとすると、慰謝料を含み、これ以上の支払が出来ないのは当然でした。相手の保険会社の態度が急変し、全て、私の言ったとおりになったので、後は、謝罪ばかりでした。

7.異議申立

受任後速やかに病院に対して十分な調査をしていたことにより、異議申立をすることができたこと

そこで、弊事務所から自賠責保険会社に対し、異議申立を行いました。事前に、病院に対して十分な調査もしており、これを元に、異議申立書を作成しました。事故から1年以上経過した時点で、病院に対して調査を依頼しても、何も出てこなかったのではないかと思います。事故直後にすぐ対応したからこその、調査結果です。

十分な調査を行っていたため、詳細な異議申立をすることができたこと

異議申立書では、いかに事故と死亡との関連付けをするかに気を配りました。
まず、本件事故前に痰づまりが頻繁に生じていた等、被害者が本件事故前から痰づまりが生じやすい状態であったことをうかがわせるような事情は一切ないことを明示しました。
そして、被害者は、本件事故により、頭部に15cm以上の裂傷が生じ、全量で約1500cc(推定)という大量の出血をし、一時的に心肺停止となるような重篤な症状となりました。その後、心肺停止から回復したとしても、本件心肺停止が生じた際の被害者の身体症状は、本件事故前の状態に比べて、相当程度弱っていたものと認められることを強調しました。
本件心肺停止の原因が痰づまりであったとしても、上記痰づまりは、本件事故による重篤な症状に基づき、被害者の身体症状が相当程度弱っていたことにより生じたものであって、本件事故と本件心肺停止との間に相当因果関係が認められるという立論です。
調査結果の資料もつけての異議申立です。

異議申立の結果、死亡と事故との因果関係が認められたこと

ただ、異議申立をしたとしても、多くのケースでは、当初の結論は覆りません。この異議申立で結論が変わるのだろうかと、相当心配をしていました。依頼者に対しても、認められない可能性の方が大きいので、覚悟をしておいてほしいと話をしていました。
数か月、このような不安な気持ちで過ごしておりましたが、その後、自賠責保険の再審査の結果が出ました。異議を認めて、従前の判断を変えて、「有責」となったのです。つまり、死亡と事故との因果関係が認められたのです。
相手保険会社の担当者も、あらためて、弊事務所に飛んできてくださり、相手も、損害額を少なくする立場であるはずなのに、変な話なのですが、何度も、「ありがとうございました」と感謝をされていました。

8.合意に至る

依頼者に納得いただける解決に導くことができたこと

このような経緯があったため、相手保険会社の賠償案も、当初から弁護士基準で出され、最初からこれで合意しても良いのではないかと思える案でした。ただ、これであきらめず、交渉をして、最終的に、過失割合は0:100で、賠償額合計4700万円の合意を勝ち取ることが出来ました。
数十万円が4700万円になったという、非常に大きな違いのある結果でした。
依頼者からも、本当に感謝していただき、アンケートにも、次のように、素晴らしいことを書いてくださりました。


事故後、不安な気持ちを助けていただき、とても安心しました。
すばやく、病院・相手先にも対応していただき、とても良き結果が得られました。家族一同代表して感謝します。
今回のような、事故例などで泣き寝入りする方が多くみえられると思います。
本件の先生方の対応はとてもすばらしかったです。
少しでも、多くの人の力になりご活躍される事を願います。

9.弁護士として、事案を真摯に見つめ、慎重に対応することの大切さを感じたこと

もしも、相手保険会社の発言を鵜呑みにして、死亡と事故の因果関係があるといわれたことに安堵して、何も調査等をしなかったのであれば、異議が認められなかったと思います。そのような状況の中で、相手保険会社の担当者が、自分としては、死亡についての損害を支払うべきであると思ったとしても、社内稟議が通るはずがないのです。
もしも、安堵して何もしていなければ、加害者と病院、そして、状況によっては相手保険会社も訴えざるを得ないことになったのだと思います。
相手保険会社に対して、話が違うではないか、と怒鳴り込みに行かなくてはいけなかったのかもしれません。
弁護士としては、相手がどうであれ、事案を真摯に見つめて、慎重に対応することが大切なことであると感じました。
また、依頼者も、特に弁護士に依頼するまでもないのかもしれないけれども、不安だからとご相談に来ていただいたことが、本当に良かったと思います。
この事案は、今も、どの対応が正解だったのか、悩みます。本当は、正面から医療過誤訴訟を行うべきだったのかもしれません。
ただ、依頼者からの感謝の手紙を見ると、頑張ってよかったと感じています。
今後とも、一件一件、丁寧に対応していこうと、思っています。